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証言三・佐々木みのりの話
私は、花嫁というものに憧れていました。白無垢を身にまとい、静々と歩むその姿に、幸せそうに立つ佇まいに。いつか、私もああなれたら、と。羨ましく思っていたのは、今も忘れぬ私の原初の感情です。
証言三・佐々木みのりの話
私達は、かつての先祖の引き起こしてきた様々な事件によって、その素性を隠してこの世に生きるより他に方法はありませんでした。私の両親は、そんな私達の境遇を憂いてか、私とひとりの姉に向けて重ねて言いました。
「お前たちは幸せになりなさい。この家のことは、その血のことは忘れなさい」と。
けれど、忘れられるはずがありません。私は家族の皆が好きでした。私の家族は父、母、姉でしたが、誰も彼も皆私を愛してくれました。私も彼らを愛していました。
そのうち、姉が嫁に行くことになりました。姉も、私と同じように嫁ぐことを心待ちに、楽しみにしていました。彼女も、花嫁というものに憧れていたのだと、私は思っています。
姉は、私の面倒もとても良く見てくれました。裁縫も料理も私より随分と上手で、人の礼儀を学ぶために、高等学校へ通っているさなかに婚約をしました。
姉の通っている学校は女学校でした。当時は男女共学というものは少なく、姉と私が通った学校も女学校でした。姉と姉の旦那様との出会いは、古書店へと赴いた際にたまたま同じ本を買い求めたから、などというどこかのお伽噺のようなものでしたから、聞いた時に私も本当なのかと憧れを持って尋ね返したものでした。
姉が嫁いでいくと、家はやはり少しガランとしたようでした。私は姉が好きでしたから、仕方のない話かもしれません。
けれど、両親はどちらも私に優しくしてくれて、私が通うこととなった学校もとても優しい世界でした。私がどういうものなのか、理解された時にはまた話が変わってきてしまったのかもしれませんが。
心からすべてをさらけ出せる友人というものを、私は持ったことがありません。それは、私にとって憧れでもありました。同時に、それは姉も憧れていたようです。
私たちは、とてもそっくりな姉妹だと言われていました。それは姉の通う高等学校へ私が通うことになった時にも言われたことでした。姉に似ている、といってもらえることは私にとって嬉しいことでありましたが、両親はあまりいい顔をしませんでした。姉の「噂」が広まっていては困ると思ったのでしょう。
幸い私達の血の悪癖を、姉は学校で隠し通していたようです。おかげで、姉の在学中から勤務されていた先生方にはとても良くしていただきました。
もちろん、姉と同じく私も気をつけていました。私達の気分のさじ加減ひとつで、悲劇はいかようにも訪れてしまいます。
何の話をしているのか、理解しかねるという顔をされていますね。てっきり、私はあなたも「その」話を聞きに来られたのかと思いました。
『憑き物筋』という存在を、あなたはご存知でしょうか? 私達の家は『狐憑き』の一族です。
おかしいですか? そうかもしれませんね。狐憑き、といえば、疫病にかかったようになりとり殺されるとか、頭のおかしな狂人のような振る舞いをするもの、そんな存在として言い伝わっているものですから。私のように、こうして話をしていることも、一族として狐に憑かれているというのは印象が無いかもしれません。
かつて、私達の家は修験道の家でした。人に悪さをする異界のモノを元の世界へ還す役目を負っていました。
その際に、私達は狐を飼い使役していました。狐とは古くから、荼枳尼天の御遣いです。神の力をお借りして、私達は憑物落としを生業としていました。それが、私達が『狐憑き』となった原初の理由だそうです。
使役していた狐達は霊力を持ち、「血」に憑くようになりました。私の家は「狐」ですが、犬神筋、猿神筋などいるそうですから、憑く生き物は様々だそうです。そして、そうした『憑き物筋』の特徴として、血に憑いた彼らは守り神です。宿主に対する害意を払うのです。
危険を取り除いてくれるのならいいことのようにも思えるのは、自然なことだと思います。
けれど、そう手放しに喜ぶことが出来ない、私達がこの血を呪うように恨む理由が、ひとつあります。
血に憑いた彼らは、彼ら自身が意志を持ちます。私達の意志とは関係なく、彼らは私達にとって害になるであろう存在を排除するのです。
私達の血に住む狐は、丁重に正しく祀れば、その家に財をもたらします。だから、私達が嫁ぎ入れるとその家は栄えるのです。荼枳尼天は元より豊穣を祝う神でもありますから。
すると、今度はそれを人が妬む。人の妬み嫉みは恐ろしいものです。口さがない言葉をたくさん浴びせられました。
けれど、そうした方を今度は血に憑いた狐が襲うのです。病になる方、事故に遭う方、中には亡くなってしまう方すらいました。
だから、私たちは人を恨まず、人を憎まず、そしてこの血を隠して生きてきました。けれど、姉も、そして私も、血に抗うことは出来ませんでした。
姉が家へ戻ってきた時はひどく憔悴していて、母と父に離縁を言い渡されたこともすべて告げた後で、部屋にこもってしまいました。顔も合わせず食事も取らずではどうにもならないと、その時私は学生でしたが、しばらく姉の傍に付き添っておくことにしました。
姉は私に言いました。どうやっても幸せにはなれないのだと。言葉尽くせるものならば尽くしたけれど、私達の血に憑くこれを、説明などできもしない、と。
それを最後に、姉は世を儚んで命を絶ってしまいました。そして、私も。離縁を言い渡されて、この里に帰ってきたのです。
幼いころ、私は花嫁に憧れていました。私にはかなわぬものでありましたが、きっとそれは綺麗なものでしょう。もし、次にまた人として、女として生まれることがあるならば。きっと私はまた、花嫁に憧れるのだと思います。
(了)
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