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地下鉄から地上に出ると、目の前が新しい警察本部庁舎だった。
令和3年2月、H県警察本部の建替え工事が終わり、港の埋立地にあった仮設庁舎から新庁舎への引っ越しが始まっていた。
大神顕士郎38歳。
H県警察本部刑事部捜査第二課特捜2係の若手警部補として着任1年を迎えようという今、すでに課内で将来の幹部候補の1人という評価を得ていた。
組織内では、真面目で有能な警察官という評価を受けているものの、性格には難があり、酒好き‥いや酒に溺れるタイプで、夜は盛り場を徘徊する単なる酔っ払いだ。
今朝も、呑み屋からの出勤で、出勤時間はとうに過ぎていた。
高層ビルの正面玄関前には黒塗りの公用車が停まっていて、後部座席から県警本部長が降りて来ていた。
「ちぇっ」本部長と一緒にエレベーターホールでエレベーターを待つ訳にもいかず、更に出勤が遅れると思いながら、グズグズと歩をすすめた。
門番の警察官に挨拶をして建物の奥に進み、エレベーターホールの様子を窺おうとしたところ、
「大神さん、どうぞ。」
と、元気な声で呼び掛けられ、エレベーターの中から見知った顔が笑顔でこちらを見ていた。
前任署で大神と同じ宿直班の当直責任者をしていた芦屋警視が、エレベーターから身体を乗り出して手招きしているのを見て、大神は天を仰いで舌打ちをこらえた。
芦屋は、今は本部長秘書で、エレベーターの中には本部長がエレベーターが動くのを待っているはずだ。
遅刻で、ついさっきまでオールナイトのスナックでウイスキーを呷っていた身としては、とてもではないが本部長と同じエレベーターに乗れるはずもない。
大神は、顔の前で手を振ると、エレベーターに背を向けてエレベーターホールを後にした。
用もないが、トイレに入って洗面所の鏡に映る自分の顔を見て、ため息を漏らすと冷たい水で顔を洗い、ヨレヨレのハンドタオルで顔を拭くと、エレベーターで12階の課室に向かった。
課室のドアを開けると、入口付近に座る庶務の女性職員が「おはようございます」と頭を下げるのに笑顔で会釈を返し、入口近くの小部屋に姿を消そうとしたが、庶務の奥に座る明石次席が野太い大声で「大神!ちょっと来い」と手招きするのに遮られてしまった。
明石警視は、相撲取りのような巨漢で、(実際、佐賀の高校では相撲部の主将として個人、団体でインターハイ出場の経験もあるという話だ)大きな手で机の横にあるパイプ椅子を示すと、「ここに座れ」と笑顔らしい表情で言い、一応机の前で頭を下げた大神には見向きもせずに、袖机の引出しからファイルを取り出した。
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