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秋人も小暮が認めている彼女の音を聴いてみたいと思っていた。
「仕事が落ち着いたらいつでも構わないよ。明後日から仕事だから、休日のスケジュールを確認しておくよ」
秋人の言葉に菜美の顔が綻んだ。嬉しそうに小さく手を叩いている。
「そうだ。お仕事は南口のN楽器店だってことも聞いています」
「あれ、参ったな。小暮先生、そんなことまで話したのか」
秋人が軽く苦笑した。
「あ…、ごめんなさい。私が無理に聞き出したから、小暮先生は悪くないんです」
秋人の苦笑を誤解したらしく、菜美はすぐにペコリと頭を下げた。その素直な仕草がとても爽やかな印象を与える。
「そういう意味で言ったんじゃないよ。お店にはいつでも遊びにおいで」
秋人が大きな手で俯いていた菜美の頭を軽く撫でる。
菜美は顔を上げると、とびきりの笑顔を見せた。
「はい。じゃあ、お言葉に甘えて押しかけちゃいますね」
嬉しそうに笑う菜美を見て、強い子だなと秋人は感じた。
彼女が何時頃フォレストに来たのかは分からない。
引き取る親戚や縁戚もいない交通遺児達は、ショックと環境の変化で引き篭りがちになってしまうこともある。
秋人自身もしばらくの間、環境に馴染めず一人でいることが多かった。
しかし、小暮の存在と幼少の頃から母が教えてくれていたピアノが秋人の傷付いた心をゆっくり解きほぐしていった。
それでも高校時代、自分はこんなに明るく物怖じせずに、一度会っただけの人と会話が出来ていただろうか。
そう考えると、菜美は全てのことを素直に受け止めることの出来る心の強い子なのだろうと秋人には思えた。
「ああ、構わないよ。とりあえず、小暮先生に休日の日程を連絡しておくから」
そう言うと菜美は大きく頷いてみせた。
別れ際に菜美は小さく手を振りながら駅の改札口へと消えていった。
菜美を見送ったあと、秋人は少々重くなった買出しの荷物を自転車に載せ、マンションへと帰った。
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