Lover`s concerto 第一章  spring

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   部屋に戻った秋人は荷物を片付け、窓を開けた。  三階にあるこの部屋からは緑に囲まれた住宅地が見える。  春の心地良い風が入ってくるのを感じながら、秋人はこの部屋の主ともいえるアップライトピアノの前に腰掛けた。    一日足りとも欠かしたことのないピアノの練習。  緩やかに奏ではじめたその曲は、彼の好きなリストの愛の夢。  部屋中に音が溢れ出す。  美しいその音色はやむことなく、いつまでも響いていた。  赴任日から秋人は精力的に仕事に取り組んだ。  上司、同僚の話しに耳を傾け、店の地域特性や客のニーズに会わせるべく、様々な改善を提案していった。  例えば、新興住宅地はピアノのニーズが圧倒的に高い。  子供にピアノを習わせたいというのは、習い事のアンケートの中でも一番人気だ。  このことから、秋人は今まで一階に弦楽器と一緒に展示してあったピアノを、駅のデッキに面している二階に全て集約し、ワンフロアー全てを使ってアピールしていく方法を取った。  弦楽器や金管楽器などもそれぞれにまとめ、目的別に見易く、触り易く、身近に音楽と触れ合えることに重点を置いた売場作りを行った。  又、音楽教室の先生方とも打ち合わせを行い、週と曜日、時間のスケジュールを綿密に調整し、授業内容の提案もしていった。  職場の中で秋人は決して無理な主張はしなかった。  謙虚さを忘れず、周囲の人たちの意見をよく聞いてから提案をし、賛同を得ていく姿は周りに好印象を与えていた。  それは彼の落ち着いた物腰と、幼い頃から何時の間にか身につけた我慢強さと気配り、目配り、心配り。  そして本来の素直で闊達な性格が大きな要因となっていた。  いつも明るく、笑顔を絶やさない話しぶりに上司、同僚からの評判も上々だった。  
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