Lover`s concerto 第一章  spring

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   三年ぶりに訪れたこの地は駅前の再開発が終わり、小洒落た街に変貌していた。  駅前にはお洒落な店舗がそこここに立ち並び、プラタナスの木がロータリーから住宅地へと続く道路に規則正しく立ち並んでいる。  多分、年末が近づく頃にはこのすずかけの木の全てに電飾が施され、クリスマスムードいっぱいの駅前になることは容易に想像が出来た。  駅前を抜けて住宅地の中へ入っていくと、少年時代の記憶から変わっていない風景が目の前に広がり、秋人はほっと胸を撫で下ろした。  郷愁に浸りながら路地を曲がると懐かしい建物がそこにあった。  フォレストの門の前で秋人は少しばかり緊張した。  しばらくの間、訪れることのなかったこの建物が何故かよそよそしく感じられたからだ。  それは多分、秋人の勝手な思い込みで、ほんとうは久しく訪れなかったことに対しての自分への呵責だった。  門扉を抜けて玄関へと向かう途中、小さな男の子が「こんにちは」と会釈しながら脇を走り抜けていく。  少年の後姿がここに来たときの自分と重なって見える。  懐かしむようにそれを見ていた秋人に声が掛けられた。 「秋人か…? おい、秋人じゃないか」  低くしわがれた声だった。  秋人にはそのしわがれた声の主が分かっていた。  振り向くと満面の笑みをたたえた小暮の顔がそこにあった。 「小暮先生、御無沙汰しております」  秋人はその場で深々とお辞儀をした。  その姿を見て小暮が渋面する。 「おいおい、改まった挨拶なんていらないぞ。何を気にしているんだ。こうやって訪ねて来てくれるだけで私は嬉しいぞ。さぁ、中へ入れ」  彼の言葉は秋人が拍子抜けするくらいにあっさりしたものだった。  何年も顔を出さなかった自分に対して、小言の一つや二つ言われることは覚悟していたのだが、出迎えた小暮や他の先生方の笑顔を見ると、それは秋人の杞憂に過ぎなかった。  
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