Lover`s concerto 第一章  spring

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 フォレストの中は殆ど変わっておらず、少しばかりの老朽化が目に付く程度だ。勿論、住むことには何ら支障はない。  秋人は懐かしそうにそれを見ていたのだが、久方ぶりの彼の訪問に小暮は一人、子供のようにはしゃぎながら話しかけてくる。  小暮にとって秋人は実の息子同然というような存在だったから、それは無理もなかった。 「秋人、あとで一緒に弾かないか? 久しぶりだなぁ。何だか、わくわくしてきたぞ」 「とりあえず近況報告をお話したあとで好きなだけ付き合いますよ」  笑いながら秋人が応える。  小暮との合奏はフォレストに居た間、殆ど毎日と云っていいくらいやっていたものだ。  秋人は出された緑茶を飲みながら、小暮が喜ぶであろう報告をした。 「実は、今回の転勤で希望していたT駅支店の辞令を頂きました。昨日、引越し先へ荷物の搬入も終わっています。これからはちょくちょく顔を出しますよ」    秋人の報告に小暮が破顔した。  その笑顔は、もうすぐ六十歳台半ばになるであろう男の顔とは思えないほど若々しい。  毎日の日課であるジョギングとストレッチを欠かさずやっているのであろう。体は鍛えられ、引き締まっていた。 「そうか、そうか。こっちに戻って来たのか。嬉しいぞ、暇があればいつでも遊びに来てくれ。ところで、秋人は今年で二十六歳になると思ったが…」  小暮の質問に秋人は小さく頷いて見せた。  彼も分かったというようにこくりと頷く。 「…三十路前にお前に話さなくてはいかんことがあるんだ。まぁ、それは追い追い頃合いを見て私が判断することにするよ」  秋人はどんな話なのか聞いてみたい気もしたが、父と慕い、一人の人間としても尊敬する小暮の判断は彼にとっていつも正しいものだった。  小暮が判断すると言っている以上、無理に聞き出さなくてもいいことだと思った。 「で、どうだ。腕は上達したのか。練習は毎日しているんだろうな? レパートリーは増えたのか? 彼女の一人でも出来たか?」  小暮はにこにこ笑いながら色々と問い掛けてくる。秋人はどうやら今日は帰れそうにもないなと苦笑した。  
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