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「紹介しよう。櫻井 秋人さんだ。顔馴染の子もいると思うが、皆の先輩だ。これからはちょくちょく音楽を教えに来てくれるそうだ」
小暮の台詞で場がワッとざわめき、拍手が起こった。
子どもたちの間から「秋人さんはジュニアコンクールの優勝者なんだぜ」と、小さな話し声が聞こえてくる。
小暮はうんうんと頷きながら話を続けた。
「楽器はそれぞれ違うが、彼の音は必ずいいお手本になる。見習うところがあればどんどん取り入れて欲しいと思う」
誉め過ぎだよ、と秋人は少し照れていた。
しかし、そんな自分を見つめている子どもたちの瞳はキラキラと輝いている。
ああ、あの頃の自分と同じだ。
自分で音を奏で、その音色が空間に広がり溢れていく充実感。
この子たちも同じ思いで音楽に触れているのだと思った秋人は、母が教えてくれた言葉を口にしていた。
「音楽は音を楽しむものだと僕は思います。クラシックでもポップスでもジャンルは問わない。自分も周りの人たちも、皆が楽しめる音楽を奏でよう」
一人の女の子が大きく拍手をすると、それに続くようにたくさんの拍手が響いた。
「さぁ、練習開始だ。オーボエは皆の音合わせをしてくれよ」
小暮の一言で様々な楽器の音色があちらこちらから奏でられはじめた。
そんな中、小暮が一人の女の子を連れて秋人のところにやって来た。
秋人が挨拶をしたとき、最初に拍手をしてくれた子だ。
「秋人、この娘がさっき話したピアノをやっている娘だ。名前は河原 菜美。高校三年生だ。上手いぞ。表現力はかなりのものだし、技術もある。音色も素直なんだ」
小暮がこれほど褒めるのも珍しかった。
紹介された菜美という娘は秋人にペコリとお辞儀をすると、彼を懐かしむかのように微笑んでいた。
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