Lover`s concerto 第一章  spring

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 翌日、引越しの荷物を片付け終えた秋人は、不足している生活用品の買出しに出掛けることにした。  ついでに駅前にある赴任先の支店も見てこようと思ったからだ。  秋人の借りたマンションは駅から徒歩十分ほどの距離がある。  買出しの荷物を持って歩くのはちょっとキツイ距離だなと思い、自転車に乗って行くことにした。  日毎に爽やかになっていく春の風を受け、秋人はいろいろな道を探索しながらのんびり駅へと向かった。  フォレストがあるD駅よりも一回り大きなこのT駅は、ショッピングセンターや銀行、雑居ビルなどが整然と建ち並び、そこかしこに人の群れが行き交っていた。  赴任先の支店は秋人のマンションがある北口と反対側の南口にあった。  南口のデッキには駅前公園があり、小さな噴水や時計台、花壇などが北口の商業地とは違う閑静な住宅地の入口といった趣きを見せていた。  秋人はその公園から支店の看板を見つけた。  彼にとって将来の夢を見据えた上での就職先だったその大手楽器店は、以前勤務していた支店よりも大きく、念願だった音楽教室も併設されていた。  秋人は今回の転勤で主任へと昇進し、音楽教室の管理も任されることになっていた。  外から見ただけでも展示してある楽器の種類も数も多い。  ガラス張りになっている建物の一部からはヴァイオリンを奏でている人の姿が見えた。  多分、音楽教室の生徒だろう。  楽しそうに弾いている笑顔がとても眩しく見える。  秋人は嬉しそうに呟いた。 「やっぱり…音楽っていいよな。明後日の着任日が待ち遠しいよ」  音を奏でる楽しさや嬉しさを、もっともっとたくさんの人に知ってもらいたい。そんなことを思いながら彼はその場をあとにした。
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