雨がやんだら

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   小さな頃からピアノが傍にあった。  自分で音を奏でられるということに夢中になった。  メロディを紡げるということに夢中になった。  魔法にかけられたと云っていいくらい夢中になった。  自宅でピアノ教室を開いている母の影響も大きく、家の中はいつも音が溢れていた。  幼かったとはいえ、花梨のピアノに対する集中力と努力は母親さえも感心するほどで、小学生の高学年の頃には母の教室に通う高校生よりも上手くなっていた。  身内贔屓を抜きにしても花梨の技術と奏でる音色は相当なレベルだと母親は感じていた。  しかし、そんな花梨は人より上手くなりたい、負けたくないといった思いは露程も持ち合わせておらず、ただキレイな音を奏でたい。  自分のピアノの音色を聞いて喜んでくれる人がいればそれでいい。  そんな思いだけでピアノを弾いていたのだった。  翌日の朝、外は氷雨が降っていた。 「どうして雨なの? 天気予報は曇りだって言ってたのに……。もぉ、嘘吐きだなぁ」  ベッドから抜け出た花梨は窓辺で頬を膨らませながら悪態をついた。  折角、準備していたフォーマルな服も靴も雨が降ったせいで選び直さねばならない。  演奏会が終われば、友人の伯父が経営しているレストランで食事をして、カラオケに行くという予定もあるのについてないな、と花梨は恨めしそうにプラチナ色の空を見上げ唇を尖らせた。  仕方なく、少しだけカジュアルだが演奏会を聞くに相応しい服と靴、そしてコートにバッグを用意してから花梨はパジャマをベッドの上に脱ぎ捨てた。  約束していた駅の改札口に着くと雨足は一層ひどくなっていた。  吐く息は白く、手がかじかむほど空気が冷たい。  指を冷やさないようにしようと花梨がバッグから手袋を取り出した時だった。
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