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つむちゃんの車を降りて、足もとを見た。
綿埃のような雪が、履き古したスニーカーの上に落ちた。
落ちては消え、消えてはまた落ちてくる。
身体の表面は冷たいのに、内側は不思議と暖かかった。
つむちゃんは兄の同級生で、友達の元彼で、それだけの関係だ。そんなつむちゃんですら、あの男よりずっと優しいことに気づいた。
小さなものから大きなものまで、身近な人からそうじゃない人まで、人生の中でたまたま出会った誰かの優しさが、言葉が、体温が、眼差しが、奇跡のように降り積もり、折り重なって今のわたしがあった。
雪のように、それらはすぐに溶けてしまうから、つい見失ってしまうけど、わたしがここに生きているということが何よりもの証だった。それは、紛れもない奇跡だった。
理不尽に罵られ殴られ虐げられて、いいはずが無かった。絶対に、いいはずがなかった。
本当はもう、とっくに気づいていた。
わたし、何やってたんだろ。
中途半端な言い訳を握りしめ、実家の扉を開けた。
前を向こうと思った。
それが自分の中の、つむちゃんにまつわる最後の記憶なのだと思い至った時、心の奥に留めていた感情が波のように押し寄せた。
静まり返った寝室に嗚咽が響く。
いつだってすぐに見失ってしまうけど、この瞬間もわたしは、奇跡の中を生きている。
あの時、最後に手を振ったつむちゃんが笑っていたことが嬉しくて、やっぱり、どうしようもなく悲しかった。
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