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男は比較的真面目な社員だった。大学を出て就職し、勤続30年を迎えるほどのベテラン商社マン。若い頃はそれなりの失敗もありよく上司に怒られたこともあったが、今じゃ新人育成する側の立場だ。それなのに……。
「相川くん、すまないねえ。うちの会社もそろそろ厳しくなってきてね、人員削減に手を着けなくてはいけなくなったんだよ」
「はあ……」
まさに、寝耳に水。まさか、自分がリストラ対象になっているとは夢にも思わなかった。
「君はあと10年もすれば定年だろう? 他の若い社員の雇用を守るためだと思って、承諾してくれないかな?」
確かにそうかもしれないが、自分にはまだ学校に通う子供もいるのだ。それなのに、10年先を見越して首を切られるなどたまったものではない。
「いや、待ってください。うちの女房は専業主婦で、稼ぎは私だけなんです。困りますよ」
「うん、いや、分かってるよ。大変だろうとも。でも、会社も大変なんだよ」
「じゃあ、他の社員を!」
なんとかリストラを回避する方法はないかと食い下がってみたが、その首が縦に振られる事はなかった。
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