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言われるがままついてきているが、どこに向かっているのか、これから何をするのか詳しい説明は何も聞いていない。
藤崎に聞いても「見ているだけでいいから」と詳しいことは教えてくれなかった。
警備課なのだ。何か物騒なことが起きたには違いない。しかし、前を走る車には、有川を含め四人、この車には二人いる。警備課にいた全員ではないだろうか。
そんなに大勢で向かっていいのだろうか。
思うところはいろいろあるが、異動一日目だ。わかばに口を挟めるだけの経験も状況判断もなかった。
着いた先は、八王子市にある私立図書館だった。大きな交差点の一角にある図書館は、一見公民館のような雰囲気がある。二階建ての施設の中には会議室や勉強スペースなどもあるため、あながち間違いではない。
駐車場に車を停め、有川を先頭に自動ドアをくぐる。二枚ある自動ドアの先で、両手をもみながら左右に行き来している人影があった。
白いシャツにチノパン、首からネームプレートを下げている。
還暦に近いであろう男は、有川の姿を見るなり、まっすぐこちらに駆け寄ってきた。
「連絡を受けて来ました、日本書籍保全協会警備課の有川です」
「責任者の方、ですか?」
そうですが、と答える有川を見て男は苦笑を浮かべたまま「いや、お若くてびっくりしました」と言い訳のような言葉を吐いた。
まあ、その気持ちはわからなくもない。警備課と言われれば、体力や武術に自信がある人のイメージだ。
「館長の前島(まえじま)です。お待ちしておりました、どうぞこちらへ」
あいさつもそこそこに前島は、事務所ではなく書庫へ案内する。
本が盗まれたのか、それとも破損させられたのか。どちらにしろ、警察ではなく書保に連絡が入ったのだ。そんなに大事(おおごと)ではないはずである。
案内されるがまま、書棚の間を歩きながら視界を巡らせる。
本がたくさんある場所には、独特の雰囲気と共に匂いがある。
すん、と鼻を鳴らすわかばの口角が自然と上がった。
平日だというのに、親子連れの姿が多い。ふと目を向ければ、可愛らしいイラストと共に子供向けのイベントが電光掲示板に表示されている。この周辺には、幼稚園や小学校がある。地域の特色にあわせたサービスを行っているらしい。
「申し訳ありませんが、ブラインドを下げてもらってもよろしいですか?」
有川の後ろを歩く、三十代くらいの男が言う。眩しそうに目を細める顔は、二枚目俳優のようでありながら成人した男性ならではの落ち着いた雰囲気を醸し出している。
自己紹介で「芸能プロダクションに所属しています」と言われれば、何の疑いもなく信じるだろう。
男の申し出に前島はすぐに職員に指示を出し、ブラインドを下げさせた。
そこまで気になるほどの天気ではない。ブラインドを下げられる直前に見えた空は、相変わらずの曇り空で、直射日光が差すこともない。眩しいと感じる天気ではないのだが、案外神経質なタイプなのかもしれない。
肌は白いし、日焼けしやすいのかなと考えていれば、前を歩く集団の足が止まった。
ピーという電子音のあとに、壁と同色の扉が開く。先頭を行く館長が足を踏み入れた途端、室内の電気がついた。中に入ると、カビ臭い匂いとはまた別の独特の匂いに包まれる。本棚ではなく、巨大な箱が部屋いっぱいに置いてあるように見えるが、これらは稼働式書棚になっており、ボタン一つで人が入れる隙間を作る。毎年多くの蔵書を抱える図書館には必須の空間だ。
前島はある番号の振られている場所まで行くと足を止めた。950と書かれた前でタブレットを操作する。すると、モーゼが海を割ったエピソードのように箱が割れ書棚が現れた。この数字は、日本十進分類法に則ったものであり、その数字が意味するのは、文学でもフランス文学に分類される書物だ。
その書棚から、前島は一冊の本を持ってきた。
アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの「星の王子さま」。
フランス文学の中でも有名な児童書だろう。どこか哲学的な内容は、大人向けの児童書かもしれない。年代を問わず語りかけてくる物語だ。
その本が一体どうしたというのか。
首を傾げるのはわかば一人だけで、他の面々は真剣な面持ちでその本を見つめる。
「気付いたのは一昨日という話でしたが、それまでは貸し出し可能だったわけですか?」
「ええ。ただ、返却された際一度中を確認しているのでそのときに異常はなかったという話です。まあ、パラパラとページをめくる作業なので確かなことは言えませんが」
「最終貸し出しはいつですか?」
「三ヶ月前ですね。利用者はよく当館に来てくださる親子です。今日も来ていましたよ」
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