3人が本棚に入れています
本棚に追加
けばけばしい看板に電気が灯り始める夕暮れ時。
もうすぐすれば酔っ払いなどで溢れるであろうこの通りを、麻績村瑞希は足早に一人歩いていた。
履いている踵の低いパンプスが不満を訴えるかのごとく、カツカツとうるさく音を立てている。
彼女が店長を務めるカフェ「なちゅ」では、ジーパンやらパーカーに揃いのエプロンとバンダナというスタイルで働いている。スーツに袖を通すのは久し振りだった。
歓楽街の中ほどで一瞬足を止め、手に持っていたメモに目を向ける。それから周囲を見回し、一本の路地へと足を踏み入れた。
どことなくかび臭いコンクリートの壁に挟まれた細い道は、夕暮れともなると一足先に夜が来たようで、さすがに足早には進めなかった。もちろん、路地の雰囲気に少々心が怯えていたのもある。
やがて見えてきたのは、ピンク色に光る小さな看板。
黒い飾り文字で「魔法雑貨店マジョリカ」と書かれている。
「ここね……」
瑞希は看板とメモを見比べ、それからその向こうにある木目調のドアに目を向けて一つ息を飲んだ。
「……だ……ダメもとだしね」
自分に言い聞かせるように呟きながら、木目調のドアに取り付けられた真鍮製のノブに手を伸ばそうとして、その動きが少し止まる。
「……信じてるわよ」
この店を紹介してくれたカフェの常連を思い浮かべながら、瑞希は今度こそドアノブに手をかけた。
最初のコメントを投稿しよう!