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それから更に何日か過ぎた日。
瑞希は三度マジョリカに乗り込んでいた。
全身に怒気を纏った彼女は、乱暴にドアを開けるなり叫んだ。
「ちょっと、どうしてくれるのよ!!」
店の営業中に抜けて来たと思われ、店名の書かれたエプロンに赤い迷彩柄のバンダナという出で立ちに鞄だけ持っていた。
「なになに? どうしたの」
カウンターに肘をついてスマートフォンをいじっていた里香は、慌ててそれをカウンターの裏側に押し込んで立ち上がった。カウンターの上で丸くなっていた豆炭も驚いたようにカウンターから飛び降りる。
「あの薬、ちっとも効果ないじゃない!!」
「あの薬? ああ、効果を消す薬?」
「そう、それ」
「いやいや、アレを飲ませたからには薬の効果なんて消えているわよ」
里香がそう言うと、瑞希はバン、とカウンターを強くたたいた。カウンターの上に置いていた精算用のトレイが軽く動いてカタンと音を立てた。
「じゃあどうして……どうして二人が結婚することになってんのよ!!」
「なんとまあ、急展開ね」
「あの子……学生じゃなくて、若い実業家だったわ。そんな人が何でアルバイトなんかとくっつくのよ。せめて店長である私でしょ?」
「うーん、ノーコメント。でも、あの薬を使って尚、二人がくっついたままなのだとしたら、そこには本当の愛があるって事なのよ」
素敵ね、とうっとりした表情で呟く里香。豆炭が足元で尻尾を振り、里香のすねをぺしりと叩く。その衝撃に我に返った里香の目の前には、下唇を噛み締め、プルプルと両肩を震わせる瑞希の姿があった。
「あんなアルバイト女……絶対金目当てに決まってるのに……。彼は騙されてる。あんたのせいよ!!」
瑞希は里香に人差し指を突き付け、半ば叫ぶようにそう言った。
当の里香は迷惑そうに眉をひそめて瑞希を見つめ返す。
「言いがかりも甚だしいわね……」
豆炭もにゃんと鳴いた。
「言いがかりなもんですか。インチキよ。二十万返しなさいよ」
「まてまて、インチキならそもそもアルバイトと彼がくっついたのは私のせいじゃなくない?」
「インチキだと認めたわね? 二十万、返しなさいよ」
「いやいや、インチキだと認めてないから。あの惚れ薬は本物だから」
「じゃあ、やっぱりあんたのせいじゃない!!」
「待て待て……。混乱してきたわ」
額を手で押さえ、反対の手で瑞希を制しようとする。
豆炭がカウンターの上に飛び乗り、威嚇の声を上げる。
その表情の険しさに瑞希は一瞬たじろいだようだったが、すぐに豆炭を睨み返した。
「な、なによ。猫風情が」
「大丈夫よ。降りてて」
里香が豆炭の背を軽く触ってそう言うと、猫特有の細い瞳で瑞希をもう一睨みして、それからカウンターをおとなしく降りた。
「とにかく、私の惚れ薬は本物よ。あなたが使い方を間違えただけ。だから返金は不可よ」
「だったら、彼が確実に私に惚れるようにして。アフターサービスよ」
「……そういうサービスはやってないけど。というか、惚れ薬の効果を消してあげたのがそれにあたると……」
「だから、そういうのじゃなくて、彼の心を私のほうへ向けてと言ってるの!!」
瑞希はヒステリックに叫んでカウンターをバン、と叩く。
「……もう一本惚れ薬を渡すというのは?」
「いやよ。一度失敗した方法を何でもう一回勧めるのよ。私がそれで帰ったら、その後大急ぎで店をたたむ気?」
「そんなことしないわよ」
「とにかく、お断りよ。別の手を考えて。本物の魔女なら出来るでしょう?」
「他の手って……」
「なんでも良いわよ。彼が私のほうを振り向いてさえくれれば」
「時間……かかるわよ」
「時間ないのよ。あの二人、結婚するって言ってるんだから」
「あれもダメ、これもダメってのはちょっと……」
「できないっての? やっぱりインチキじゃない!!」
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