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「……日本人に見えるけど?」
瑞希がぽつりとこぼした指摘に、マジョリカは笑みを浮かべたまましばし間を置いた。
それから小さくため息を吐いて肩を竦める。
「……まあ、商売ネームだもの」
「商売ネーム……」
店の中に感じていた神秘性が少し薄れたように思えた。
「本名は真城里香よ。こういう店はね、非日常感が大切なの」
「それは否定しないけど……。普通はもっとそれを保とうとするのでは?」
「無視はしない。私の信念よ」
きっぱりとした一言。神秘性はさらに薄まった。
入店してわずか十分。
メッキが剥がれた、と表現するのもバカバカしいほどの速さだった。
「祖母がベルギー人とのハーフだったわね。そういう意味では、純粋な日本人ではないかも」
まあ、誤差の範囲よねと言いながら、里香は軽く肩を竦めて見せた。
不意に、足元の黒猫が溜息をついたように見えた。
「猫が……まさかね」
「使い魔の豆炭よ。真っ黒だし丸まった時の感じが似てるでしょう?」
「……豆炭?」
いわゆる固形燃料の事だが、瑞希の辞書に無い言葉だったので思わず首を傾げる。
「……可愛らしく、まめたんと呼んでも良いわよ」
先ほどまでは後半のイントネーションが上がっていたが、可愛いと称する呼び方は後半のイントネーションが下がっている。なんとなくゆるキャラのように思えて、瑞希はそちらの呼び方を試してみることにした。
「ま……まーめたん」
それに応じるように、黒猫の豆炭はにゃあと鳴いた。
愛くるしい顔で見上げられ、瑞希は思わずきゅんとしてしまう。
「もともとは生贄用の小動物を使い魔といったんだけどね。まあ、その子は私の相棒って感じかな」
「可愛い相棒さんですね」
「見た目だけね」
まるで抗議の声を上げるように、にゃう、と黒猫が強めに鳴いた。
「はいはい、可愛いわよあんたは」
それに対して里香はパタパタと手を振りながらぞんざいな回答をする。
漫才みたいだわ、と思いながら瑞希は猫を愛でに来たわけではないことを思い出し、仕切り直しの意味を含めて咳ばらいを一つした。
「あ、それでどんな御用かしら?」
意図を汲んでくれたようで、里香も話を元に戻した。
「私は麻績村瑞希と言います。ここにはクガさんの紹介できました」
クガというのが、紹介してくれた常連の名前だ。
そこそこ奇抜な見た目をした女性だった。
「ああ、はい。よく来てくれる方だわ」
合点がいったと頷く里香。
「お代を払えば、どんな望みでも叶えてくれると聞きました」
「……大きく出たわね」
里香が苦笑いを浮かべて呟いた言葉は、瑞希の耳にもしっかり届いている。
常連の顔を思い浮かべつつ、祈るような心持てせ言葉の続きを待つ。
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