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それから数日の後。
里香の店には再び瑞希が訪れていた。
「こんにちは魔女さん」
豆炭相手にじゃらしを振っていた里香は、それをカウンターの裏にしまってにこやかに出迎えた。
「あら、カフェのオーナーさんだったわね。その後はどう?」
「あの薬の効き目は抜群ね。薬を混ぜた飲み物を飲んだ途端、あの子は恋に落ちましたよ」
「その割には言い方に棘があるわね」
里香の言葉に瑞希はニコッと笑った。
目が笑っていないところに一抹の恐怖を感じつつ、里香は言葉の続きを待った。
一呼吸置き、瑞希は口を開いた。
「私じゃないのよ」
「というと?」
「運んで行ったアルバイトの女の子と恋に落ちちゃったのよ。あんな、何の取柄もない薄らぼんやりとした女に、彼は突然告白したんですよ」
「自分で雇っておいて酷い言い草だこと……」
里香の呟きを聞き、思わず瑞希は里香を睨みつけた。
「おお、こわ……」
言いながら両方の人差し指で自分の口の前にバツを作って見せる。
瑞希はふんと一つ息を吐き、話を元に戻した。
「飲み物を作ったのも薬を入れたのも私なのにどうして?」
「注意点その二を忘れているわ」
「その二……何でしたっけ?」
何のためのメモだよ、と里香の目が如実に言葉を発していた
豆炭が鳴き声も呆れているように聞こえる。
「薬を混ぜた飲み物をターゲットが口にするとき、あなたが視界に入ってなきゃ」
「入ってたはずです。だって、私はカウンターに立ってたし、彼女の背中が私の方を向いていたって事は、彼の視界に私も入っていたって事でしょう?」
「理屈で言えばそうだけれど、魔法の薬というのは人の意識の部分が大切なの。彼がきちんとあなたを見ていると思っていなくては、効き目なんて出ないのよ」
「そんな……」
「魔法は心に作用するものだから。彼の意識が大切だってレクチャーしたと思うけれど?」
「えーと……」
メモをパラパラとめくっていた瑞希は、あるところでぴたりと手を止めた。
気まずそうに里香を一瞬見た後、咳ばらいをしながらメモ帳を鞄の中に放り込む。
「誤魔化し方が下の下ね」
同意するとばかりに豆炭もにゃんにゃんと鳴いた。
飽きれている里香に、瑞希はズイッと詰め寄った。
「とにかく、何とかして。このままじゃ、薬のせいで彼が不幸になっちゃうわ。」
「薬のせいではないのよ」
「ああ、かわいそうな彼……」
「聞けよ、人の話」
ジト目の里香に、瑞希はずいっと詰め寄った。
「私は二十万払ってるのよ。それは彼を不幸にするためじゃないの。私と彼が幸せになるためなのよ? 何とかしてあげなきゃダメじゃない!!」
「ダメかどうかは知らないけど……」
「あの子は、得体のしれない薬で間違った道を歩みそうになっているの。そうに決まってる!!」
「だから、薬のせいではないんだってば。悪いのは使い方。後、得体のしれないって……。その得体のしれない薬で間違った道を歩ませようとしたのはあんたでしょうに……」
呆れ切った里香の言葉にも、瑞希はきっぱりと言い返す。
「私は彼を幸せにするつもりだったわ。確かにちょっと、得体のしれない物に頼りはしたけれど。それはあくまできっかけだもの」
「……また言う。ていうか、近年稀に見る見事な棚上げ発言ね」
「上げ足取りは結構よ!!」
「上げ足かなぁ……」
「いいから、何とかしてよ」
「ああ、はいはい」
話にならないとばかりにため息をつくと、里香は店内のとある棚からまた小瓶を一つ手に取った。
「これ。差し上げるわ」
「これは……また薬?」
「惚れ薬の効果を無くす薬よ。タダあげるから持ってきなさい」
「ありがとう」
奪うようにその小瓶を手に取った瑞希は、鼻息荒くそう言い残して、そのまま振り返りもせずに店を出た。
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