59.身内にいた件

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59.身内にいた件

 体が半分になってしまったかのように、小さく見えるユーゼフとゲンさん。  ユーゼフは緑の豪華な衣裳、ゲンさんは真っ赤な正装を着ていた。2人はどう見ても国民的ゲームキャラ「土管工事屋ヒゲズラブラザーズ」だった。  早く巨大化するキノコを食べないと次に敵と接触したらゲームオーバーになりそうな顔色。それを横目にみんなは黙って、ソフィアちゃん達が見えなくなるまで見送った。 「ゲンさん」 「……」  放心状態で開いた口が塞がらない様子のゲンさん。 「ゲンさん!」 「……は、はい!」  めちゃくちゃ瞬きを繰り返して、我に帰ったらしい。 「どうすんの? ソフィアちゃんはこっちの家に住むって言ってっけど」 「いや……もう(くつがえ)せないわ」 「は? なんで?」 「だって、もうユーゼフ卿と売買契約書を交わしたんだもの」  ゲンさんは売買契約書を俺に見せてきた。金額は2億5000万ギル。利益乗せ過ぎワロタ。 「ふ~ん。……んで?」 「いや、んでってなによ? もう私の家に決まったんだから、あなたの負けでしょ?」 「はぁ? あんたさっきのユーゼフ卿とソフィアちゃんの会話聞いてた?」 「き、聞いてたけど……」 「俺らの勝負の契約書だせよ」  ゲンさんは手持ちのバッグから、勝負内容を決めた際に交わした契約書を取り出した。 「その契約書ちゃんと読めや」 「今更読んで、なんになるの?」 「いいから」  彼女はある文を発見する。  『ユーゼフが最終的に選んだ家の施工主を勝者とする』  ゲンさんはそれを見た途端、眉を歪めた。 「最終的に、ユーゼフ卿はどっちを選んだわけ?」 「そ、それは……」 「本人に聞くか?」 「……わかったわ」  ユーゼフもソフィアちゃんの豹変に、相当なショックを受けていたのだろう。微動だにせず突っ立っていた。俺はユーゼフの肩を叩いた。 「ユーゼフ卿」 「……なんだ?」 「俺らの家は、解体して宜しいっすよね?」 「……う、う〜む」  んだよ。マジで決断力のねぇ親父だな。 「ではこれから、解体作業を開始致します。アムロ」 「……は、はい!?」 「手かじ※持ってこい。あと、おおなりもだ」 ※バールのこと  俺はアムロから手かじとおおなり(デカイ木槌)を受け取って歩き出し、俺達が造った家の玄関前に立った。 「悲しいけど……アリーヴェデルチだ」  おおなりを振りかぶったその時、ユーゼフに呼び止められた。 「ま、待て!! 頼む……」 「なんすか? 3日以内に解体なんで時間ないんすよ」  そう言ってもう一度振りかぶる。すると、ユーゼフが俺の肩を必死に掴んできた。 「壊さないでくれ!! この通りだ!!」  ユーゼフは頭を軽く下げた。 「あい? すいません。わしゃあ耳が遠いでの」  今度は手かじを玄関扉にブッ刺す構えをした。とっさに俺へ抱きつくユーゼフ。 「お、お願いします!! この家買うから!!」 「え~? いくらで買うんすか?」 「……な、7000千万でどうだ?」 「では、ぶっ壊させて頂きまーす」  再びおおなりを振りかぶる。 「だぁぁ、待て待て!! い、1億!!」 「1億? あの〜、この家はソフィアちゃんが選んだんすよ?」 「なんだ? それがなんだ?」 「ゲンさんの家より安いと? ソフィアちゃんは安い家を選んでしまった全くセンスのカケラもない馬鹿娘だと? そういうことっすね?」 「な! そ、そんなことは言ってないだろう!?」 「なんだっけ……婚約破棄でしたっけ?」 「わ、わかったよ! ……2億……5001万」 「はいアウトー」  俺は真顔でおおなりを渾身の力で振り、玄関扉を躊躇なく破壊した。  雷が落ちた様な轟音で砕け散る扉。破片が宙を舞う。  ユーゼフが両頬を押さえて悲鳴を上げた。 「いぃぃやぁぁー!! ……さ、3億ー!! 3億だぁぁー!! さーんーおーくー!!」  こんなもんか。ん~ダメだ、俺のドS心が出てしまう。いい死に方しねぇな俺は。 「了解しました。……ゲンさん。売買契約書ちょうだい。どうせ書き直す用に2通持ってんだろ?」 「はい!? ……ええ」  慌てたゲンさんからもらった契約書に『ハヤミ建設の物件』と『3億ギル』と書いた。 「ユーゼフ卿、まだ俺らの家見てないっすよね? ゲンさんから批判の話聞いただけっしょ?」 「……あ、ああ」 「中を見てから、この契約書にサインするか決めてくれ」 「……わかった」  ユーゼフと3人で家の中を見て回る。 「これがアトリエか……」 「棚をたくさん造ったんで絵画に使う筆とかも、そんな散らからないっすよ」 「手摺も多いな」 「ソフィアちゃんは歩くのが辛そうなんでね」 「だから主寝室も1階なのか」 「階段の登り降りは、出来るだけ避けたいっすから」  ユーゼフはしばらくの間、隅々まで家の中を見て回った。 「……いい家だな。確かに温かみを感じるよ。3億なんて……安いもんかもしれん」  懐からペンを取り出し、ユーゼフは売買契約書にサインし始めた。 「ありがとうございます」 「いいんだ。納得したからサインした」  ゲンさんは少し離れたところで、肩をすくめて落胆していた。 「ゲンさん」 「……なに?」 「なんで負けたと思う? あんた、全部自分のためだけに金稼いでんだろ?」 「それの何が悪いの?」 「金ってさ……人のために使った方が、自分も幸せになんだよ」 「は?」 「誰かのためにお金を使って喜んでもらえると、嬉しくなるんだ」 「馬鹿みたい」 「逆に誰かからお金を託されると、頑張れる」 「……そう」 「あんたは町から多額の工事金ふんだくって、色んな人から隠れて生活してきたんだろ? ずっと寂しくなかったのか? みんなから怖がられてよ。誰にも相談できずにさ」 「そんなこと……ないわよ」 「誰かから本当の『ありがとう』って、言われたことある?」 「ありがとう?」 「ああ。心がほわぁってなったことあるか? あったまるんだ。身体の芯からよ」 「そんなの……気のせいでしょ」 「ゲンさん。最初にこの家の手摺を見た時、何で焦ってたんだ?」 「……え? だってそれ聞いてたら、こっちのプランは変わってたと思うから」 「でもあんたは、ソフィアちゃんが病弱なことに気付けなかった」 「……そうね」 「金に貪欲なほど、人は目が曇るんだよ。周りの人の気持ちが見えなくなる。あんたは盲目なんだよ。人に対して」  黙り込んだゲンさん。隣で話を聞いていたユーゼフも、自分が言われているかのような表情で聞いていた。 「ユーゼフ卿。あんたもな」 「……ああ。そうだな……娘には、謝っておくよ」 「ゲンさん」 「……うん?」 「俺らの仕事は『思いを形で表現する仕事』なんだ。それを忘れたら……終わりなんだよ」 「そうね……」 「じゃあ、俺行くわ」  俺は振り向いて家を出ようとした。 「ケンシロウ」 「はい?」 「娘の友達になってくれたこと……感謝する」  ユーゼフは、俺に深々とお辞儀した。  外で待つみんなの元に戻ると、待ってましたという感じで視線が俺に集まった。 「ケンシロウさん! 俺たちの家、どうなったんですか!?」  興奮をあらわにするアムロ。 「ユーゼフは俺らの家を買うってよ。そしてこれが……3億ギルの売買契約書だ! 利益は……2億3500万ギルなり」  俺が契約書を高々と振りかざして見せると、大歓声が上がった。みんなで抱き合って喜んだ。 「なんで!? なんで3億!?」  モブゾーさんの目が飛び出る勢い。 「ヤバいでやんす! りんご農園いっぱい買えるでやんす!!」  飛び跳ねるモブポン。 「だから、りんご農園いらねぇって! 粘土人形爆買いに決まってんだろ!!」  ガチキモフィギアオタクが身内にいた件。さすが結婚しない方がマシな男。マリンちゃんは嬉し泣きしていた。 「ケンシロウさん……ほんとに良かったね」 「……おう」  女神。俺にとっては勝利の女神だよ。心も身体も、あっためてくれて……ありがとう。  興奮が冷めないアムロが尋ねてきた。 「ケンシロウさん、こんな稼いでどうするんですか!?」 「町中の人を集めて凱旋パーティーやるに決まってるっしょ!! さっそく準備すんぞ!! 明日は祭りじゃー!!」  その言葉に全員が歓喜した。  ゲンさんが、下を向いて寂しそうに帰ろうとしていた。俺は走り寄って呼び止める。 「ちょっとゲンさん!」 「……なに?」 「今日、飲みいかない? 2人きりでさ」  目を丸くして驚くゲンさん。 「えー!? 私と!?」 ◆
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