309人が本棚に入れています
本棚に追加
2.はいはい。そういうことね
とりあえず、歩くしかないっしょ。
俺は360度果てしなく続く草原の中、歩き始めた。前を向いて歩くと何かにつまずくかも知れないので、足元に視線を落として歩いた。
草はちょうど膝下くらいまで伸びており、かなり生い茂っているせいか、少し歩きづらい。
なんなんだろう。この世界は……。
って言うかここが死後の世界なら、天国か地獄かすらわからん。そもそも天国だの地獄だのって話は、生きてる人間の勝手な妄想なんだよな?
今の格好も作業着で釘袋も腰に巻いている。棟から落下した時の姿そのままだ。持っているものは……。
・鉛筆1本
・手のひらサイズのメモ帳
・タバコ16本
・使い捨てライター
釘袋の中身
・玄翁(素人はトンカチという)
・スケール(巻尺、メジャーのこと)
・八分の追入鑿(幅が24ミリの彫刻刀みたいなやつ)
・小さいバール
・カッターナイフ
・プラスドライバー
・五寸法師(長さ150ミリのL字型物差し)
・釘7本
スマホは車に置いており、手元にない。死後の世界に身に付けているものを持ち込めるなら、もちっと何か便利なの持っていきたかった。
まぁ死ぬこと自体、予測なんてしてないから無理か……。
釘袋は正直、死後の世界で必要あるかわからなかった。でも、永い間仕事を共にしたことで道具には愛着があり、一緒に成仏したいと思ったので腰から外さなかった。
成仏と言えば、三途の川はどこなんだ?
草原ばかりで川とかないけど……。あ、六文銭もないわ。
三途の川を渡る時の、渡し賃として必要な六文銭。俺は親父を肺がんで亡くし、その時の送り人から六文銭の話を聞いた。
戦国武将で有名な「真田幸村」が戦場で掲げた赤い旗にも、模様で六文銭が描かれていたらしい。決死の覚悟で戦うと言う、粋を感じさせる話だった。
現代の葬儀では、亡くなった仏さんを棺に入れる時、六文銭を書いた紙を一緒に入れる。
……それダメじゃん?
多分、今頃俺の遺体も棺に入れられてるかも知れないけど、六文銭こっちに届くのかい? 無一文で三途の川、強行突破出来るの?
もし渡れなかったら、成仏できずに河原の石を永遠と積まなきゃいけないのか?
あれ? 六文銭ないと服剥ぎ取られるんだっけ? 誰に? まぁ、三途の川の話も、ほんとかわからんけど。
そんなことを考えてると、一本の砂利道が急に現れた。
「お! 道だ!」
……しかし、道の途中に出たから、どっちに行けばいいのかわからんぞ。どっちを見ても道の先は地平線で、建物らしき物もない。
これは……右で。超適当に右を選んで進んだ。
3時間くらい歩いただろうか。時計がないから時間もわからん。というか、恐ろしく疲れた。足の進みも遅くなる一方。汗もかいていた。喉もカラカラ。
てかなんで死後の世界に体力があんだよ。元々歩くのが嫌いな俺。徒歩で2分のコンビニも車を出すほど。
それでも道が続く限り歩き続けた。すると、道の先に小さな小屋を見つける。来た。ついに来た。あの小屋には何かある。期待に胸を膨らませて、少し早歩きになる。
小屋に辿り着き、ひとまず休んだ。もう歩く体力は残っていない。大工と言えど、持久力があるわけじゃない。
マラソンとか大っ嫌いっす。
体育座りで小屋を眺める。木造だが、明らかに素人が建てた陳腐な造り。台風でも来たら木っ端微塵だなこれ。
小屋の外壁には、鍬などの農耕具が立てかかっており、置き場かなと思った。すると、小屋の扉が軋む音を上げて開いた。
中から、中背中肉で麦わら帽子を被ったオッサンが出てきた。オッサンは俺に気付かず、鍬を取ろうとしている。
え? ものすっごい違和感。
ここ死後の世界でしょ? このオッサンは何? どう見ても、小汚いオーバーオール着て農家の格好してるし、これから仕事いきますよって感じだし。
ただただ思考停止で見つめる俺に、振り返ったオッサンが俺に気付いた。
「ぬおっ!!」
ぬお?
「だ、誰だ君は!?」
ん~……。見た目はアメリカ人っぽい顔付きで、肌の質感的に50代くらいなんだけど、完全に日本語喋ってんな。いやいや、あんたが誰なんだ?
「き、聞こえているのか……? 言葉がわからないのかな?」
恐る恐る俺に近寄るオッサン。俺は座ったまま聞き返してみた。
「えーと。……誰ですか?」
「え!? あ、言葉わかるのね!」
「はい。日本語ですよね?」
オッサンは急に不思議そうな顔をした。
「ニホン語? ……ホンニ語だよ?」
「は?」
ホンニ語だと? 何言ってやがんだこのオッサンは。文字入れ替えただけじゃねぇか。
「いや、日本って国の言葉ですよね?」
「違うよ……。ホンニ大陸の言葉だからホンニ語なんじゃないか。まさか知らないでホンニ語使っていたのかい?」
「はぁ……」
意味がわからん。ホンニ大陸なんて聞いたことない。他に聞かなきゃいけないのは……。
「ここは、死後の世界なんですよね?」
「ん!? いやぁ……現実だけど……。君、頭大丈夫かい?」
頭大丈夫? の質問に対する答えって、大丈夫以外ないだろ。恐らくこのオッサンは、嘘を吐いている。
こういう時、あの人だったら嘘を簡単に見破るんだろうなと思う。名前なんだっけ?
……あ、ダイゴリストのメンタさんだ。やっと思い出した。今だけメンタさんの能力が降臨してこねぇかな。
俺は黙って少し考えた。そして、気付いてしまう。今自分の置かれている状況に。
はいはい。そういうことね。
他の人に言われなくても、自ら考えて真実に辿り着くことができる人間。それを人は、「天才」と呼ぶ。天才の俺が導き出した至高の答え。それは……。
これ「ドッキリ」だろ。
◆
最初のコメントを投稿しよう!