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3.ま、魔物……だと?
間違いない。
この死後の世界とは思えないリアル感。体力が減ったり、汗かいたり、喉乾いたり……。
そしてこのオッサンのホンニ語とか言う、明らかにふざけた嘘くせぇ言語名。どこの民放かは知らないが、隠しカメラかなんかがあって、モニターの先には俺の家族が様子見てるんだろ?
それで目の前のオッサンは、日の目を浴びることなく、歳だけ取ってしまった俳優の卵。多分中身は空っぽ。外人っぽいのを使った方が世界観が増すから、それでこのオッサンだったんだな。
にしても、いい歳こいて一般人ドッキリにハメてる様じゃ先はないな。
ってか、けっこう予算使ってんなこのドッキリ。まぁいいや。ドッキリはバレた時点で即終了。家に帰れるわ。その時、俺はもう一つ気付く。
自分が生きているということに。
涙が出そうになった。一度は死を受け入れ、ここに歩いてくる間に色んな後悔を感じていた。自分の葬式を覗いてみたいとも思った。誰が参列してくれるんだろうとか。急激に込み上げてくる、生への執着心。
生きたい。生きて家に帰り、家族をこの手で抱き締めたい。心からそう思った。
「き、君。……どうしたんだい?」
沈黙を続ける俺に、オッサンが顔を覗き込む。さぁて、このオッサンをどう料理しようか。
「ドッキリでしょ?」って言ったらすぐ終わっちまうし、テレビ的にもお蔵入り直行ダイブだしな。てかなんで一般人の俺がドッキリの対象なんだよ。しかも生死を彷徨ってたのに。俺が視聴者なら苦情入れるね。さすがに酷いと。入れないけど。
とりあえず、適当に合わせるか。
「あ、大丈夫っす」
「そうか、良かった。もしかして魔物にやられて頭変になっちゃったのかと思ってさ」
ま、魔物……だと? いやいや、ドッキリだったわ。
「いえ、そんなことないですよ。ちょっと歩き疲れてるだけっす」
「あ、そういうことね。町から来たんだろ?」
町?
「……え、ええ。そうっすね」
「見慣れない格好してるけど、何の職業?」
「ああ、俺は大工っすね」
「ダイク?……聞いたことないなぁ。どんな仕事するんだい?」
この野郎。面倒くせぇんだよ。大工くらい話合わせろよ。
「木を使って、家とか作る仕事っす」
「ほー! すごいな! でもそれってジェイクのことでしょ?」
ジェイクってなんだよ。響きは似てるけど、ふざけるのもいい加減にしろ。……もういいだろ。
「……すいません。これってドッキリっすよね?」
キョトンとして、すぐ返事を返してこないオッサン。ほれ見たことか。なんて返すか考えてやがる。
「……ドッキリ? 君は不思議な言葉ばかり使うね」
そう来たか。うんこ我慢したタヌキみてぇな面して、なかなかやるやないけぇ。
「もういいっすよ。スタッフさん呼んで下さい。どっかで見てるんでしょ?」
「……やっぱり君、変だよ」
俺はここで初めて違和感を感じる。このオッサン、マジっぽい。正直、ドッキリということだとしても、おかしな点はいくつかある。
まず、生死を彷徨って、意識不明の俺が目覚める確率。これは完全に俺のタイミングだから、草原でいつまで待っても起きなかったら?
そして、草原の真ん中にいたこと。ここに辿り着くまで、かなりの時間歩かされた。ドッキリでそんな遠くに配置しねぇだろ普通。なんならこのオッサンの家の中でいい。
あの一本道を左に進んだら? このオッサンは無意味と化し、町に着いて誰に俺が話しかけるかもわからない。
色んなことを想定して本気のドッキリを仕掛けようとすれば、かなりの準備と運が必要になる。
しかも、どこの馬の骨ともわからん俺をハメて、誰が喜ぶ? 人気の芸能人でもないし、需要がないだろ。
生への執着心が、そのことから目を背けていた。生きていると信じたかった。でも、このリアル感。
オッサンがいう「魔物」の存在。そしてもう一つ浮かび上がる、ある説。
これは……異世界転生?
◆
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