4.女神はどした?

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4.女神はどした?

 異世界転生。  それはネット小説や漫画、アニメ、映画などの人間が創り出した非現実的な世界の話。……と、思っていた時期が俺にもありました。  にわかには信じがたい。1番可能性として遠いものだったから。それでも、「死後の世界」「ドッキリ」を否定すると、それしか残らない。  俺はスマホで、ネット小説を暇な時に流し目で読む。中でもファンタジーは好きだった。  某ネット小説サイトでは、「異世界転生」「悪徳令嬢」「追放」ものが流行っていて、腐るほど同じような話を見てきた。  っていうかタイトル長くない!? あれタイトル通り越して、あらすじになってないか? 最近やたらタイトルが長い理由を考えてみたが、多分タッチ判定がデカくなるから。  作者は自分の小説を読んで貰ってナンボ。見てもらった分、なんかポイントが加算される。ある程度貯まると換金できるサイトもある。  タイトルを長くすれば、読者が誤操作でタッチするのを狙ってんだなと、「天才」の俺は推測していた。  でも、俺はタイトル長いのすげぇ嫌いっす。もし、俺が小説書いたらタイトルは2文字に納めるね。「鼻筋」とか「バラ色」とか。  ネット小説での異世界転生は、基本女神にチート貰って主人公が俺TUEEで無双するのが定番。  作者全員に言いたい。チートどころか、女神すら遭遇しねぇぞと。お前らのせいで先入観植え付けられて、今ムカついてると。  女神どした?  それよりも、ここが異世界の可能性はかなり濃厚。ハッピーパウダー2000%くらい濃厚。袋の中、ほぼ粉。  とりあえず、この世界で言葉が通じるだけでもかなりラッキーだな。目の前のオッサンはドッキリ設定目線で見たらイラつくが、本来なら良い人そうだ。加齢臭めっちゃ臭ぇけど。  ここは記憶喪失を装うのが無難か……。 「俺、高いところから堕ちて頭打っちゃったんすよ。それで記憶が錯乱してまして」  突然俺が切り出したので、オッサンはビクっと反応した。 「そ、そうだったのか。怪我とかは大丈夫?」  「えーと、はい。大丈夫っす」 「どこか、行くあてはあるのかい?」 「それが、どこに行けばいいか思い出せなくて……」 「それは困ったね。とりあえず、ウチで休みなよ」 「あ、いいっすか」 「遠慮はいらないよ」  オッサンの家、遠いのかな。周り見ても何もねぇしな。するとオッサンは、小屋に入ろうと扉を開けた。 「どうぞ」  いやどうぞじゃねぇ! そのオンボロの小屋、農耕具置き場じゃないんかい。大きさでいうと、3畳くらいの広さしかないぞ。 「……うっす」 「ちょっと狭いけどね」  ちょっとね。うん、ちょっと狭いっす。俺は家に入ると、中を舐めるように観察した。  これは大工特有の職業病で、家とか木造の飲食店に入ると、やたらあちこち見てしまう。梁や柱の結合部に隙間があったりすると、「仕事下手だな」って思ってしまう。  この家(家と呼べるのか?)に関してもそう。かなりお粗末な造り。柱の長さバラバラ。壁の板は薄すぎ。3ミリベニヤか? 野地板(屋根の板)は隙間だらけで、光が漏れている。雨降ったらどうすんだ? しかも床板を地面へ直に敷くという、あり得ないことをやっている。  普通、家は「基礎」と呼ばれるコンクリートの上に建てる。基礎は耐震性を上げ、湿気やシロアリから家を守る役割をする。木は湿気に弱いから、地面に敷くとすぐに腐って朽ちてしまう。  もう工法もなにもない。この家は「それっぽく」木で組んだだけ。しかも、所々に不要な釘が打たれていたり穴が空いている。これ廃材だな。  奥には、今にも折れそうな木製の古いベッドが置いてあり、真ん中に丸いテーブルと椅子が一つ置いてあった。想像してたより中は散らかってない。  オッサンは靴を履いたままベッドに座った。軋む音がぶっ壊れそうで恐い。靴を脱ぐ習慣もないのか。  俺は釘袋を外した。 「椅子に座っていいよ」 「どうも」 「まだ、君の名前聞いてなかったね」 「あ、賢志郎っす」 「ケンシロウ君か。わしはダッジおじさんだ」  ……うわぁ、自分で「おじさん」付けてる。てかダッジってカッコいいじゃねぇか! 名前負けハンパねぇな。  しかし、自分の名前に「おじさん」を付けて自己紹介していいのは、ジャムさんだけだ。  あと、「わし」って50代くらいからでも使うのね。70~80代くらいの感覚なんだが。そもそも、「俺」とかから「わし」に切り替える人いるけどなんで? 「この家は、ダッジさんが建てたんすか?」 「そうだよ。なかなかの出来だろ? ジェイクの君の目から見て、どうかな?」 「えーと……ヤバすぎて笑えません」 「……そうか」  ダッジさんは俯いて悲しそうな顔をした。素人なりに苦労して建てたんだなと思う。俺は少し罪悪感があったが、正直に言った。  こういう時、お世辞を使うこともあるが、さすがに家にお世辞は通用しない。下手すれば倒壊する。家に求められるものの第一は、安全性だ。 「いつ頃この家を建てたんすか?」 「最近だよ。1か月くらい前かな? 前の家が風で傾いて倒れちゃってね。お金ないから、町で廃材貰って、前の家の廃材も合わせて自分で建てたんだ」  風で倒れる? ドリフかな? 「造り方が、横からの力に弱いんすよ」 「え?」 「筋交(すじかい)がないんで」 「スジカイ?」  筋交なんて、素人が知るわけねぇか。  日本の住宅は「在来軸組工法」と呼ばれる造り方が主流で、柱と柱の間に筋交という斜めの部材がある。  四角い長方形に、対角線が一本入るイメージ。この筋交があることで骨組みの強度が強くなる。  ……直してぇ。この家見てるだけで不安になる。ダッジさん自分で建てたってことは、道具はあるってことだよな? 「材料余ってます?」 「え? う、うん! 少しなら廃材あるよ! 釘もけっこう余ってるし!」 「道具は?」 「えっとね、ノコギリが確か……」  ダッジさんは一旦外に出ると、ノコギリを持って戻ってきた。オーケーホーケー。  ……ってサビまくってるじゃねぇか! 道具は大工に限らず職人の命。道具の手入れをしない奴は、もれなくいい仕事が出来ない。  俺は仕方なく、サビだらけのノコギリで筋交を作って家の補強をした。  ノコギリの切れ味悪すぎワロタ。  ついでにこの家、打ってる釘の本数が少なすぎるんだよ! これじゃドリフになるわ。余ってる釘で必要な箇所に釘を打った。かなり応急措置だが、まぁ簡単に倒れることはないかな。  疲れた。さんざん歩いた後の仕事は余計疲れる。喉が燃えるように乾いたっす。 「ありがとう! ほんとすごいよ! 壁を押しても揺れない!」  我慢していたうんこがやっと出せたタヌキみたいな顔で喜ぶダッジさん。揺れたらその家ヤバいんだって。 「これ飲んで! 喉乾いてるでしょ?」  ダッジさんは木製のコップに、桶から水を汲んで持ってきた。めっちゃありがたい。  元の世界でも、新築の仕事をしている最中、お施主さんが差し入れをくれたりする。今、大工人生トップ3に入るくらい嬉しい差し入れだった。 「おー! ありが……」  コップの中を見て固まる俺。んー、なんか浮いてるんだよな……。いや、なんとなく予想はしてた。この家の環境を考えれば。  アホみたいに神経質な俺。断腸の思いで自分を捨て、水を一気飲みする。 「ぷはぁ〜……おかわり下さい」 ◆
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