56.同罪

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56.同罪

 なんという運命か。  匠工務店と上棟日が一緒になった。  元世では上棟日などは縁起を考慮して「大安の日」にやるのが慣例であり、同じ日に近くで上棟することは稀にあった。  今回は「足場」を上棟前に建ててある。足場は、建物を大きく囲うように造られる。これがあるとないとでは、施工のしやすさや安全性が全然違う。  ゲンさんとの話し合いにより、木製の足場に布をかけることにした。アイデアの盗難を防ぐため、お互い見えないように家を造る。  また、イタズラ防止に24時間体制で警備員を置く。これはゲンさんが手配してくれた。もし第3者からの襲撃が来たら不味いとの判断。ユーゼフを恨む人もいるからだ。  夜中にこっそり相手の家を覗くことも、警備員によって阻止される。  ゲンさんと、精鋭ジェイク集団が集まっていた。その中にはジェラシーもいる。首にはコルセットを巻いていた。……首やっちゃったのね。 「ケンシロウさん。おはよう」  ゲンさんは真っ白な作業着を着ていた。ニッカを着て足袋を履き、まさに俺と色違いの格好だった。 「なんすかその格好? 白黒つけようってギャグ?」 「何言ってるの? 私は昔から作業着は白って決めてるの。そっちこそ黒なんて下品よ」 「まぁ、今日はお互い怪我しないように頑張りましょうや」  睨み合う2人。アムロに肩を叩かれた。 「ケンシロウさん、行きましょう」 「ああ」  今回の家はかなりデカい。鳶を6人呼んで、計10人での上棟作業。それでも1日で棟は上がらず、2日かかった。 「この柱、真壁和室用だから絶対傷つけないで」 「わかりました!」  手刻みをやっていた頃、俺はピグを呼んだ。 「なんスか?」 「ピグに頼みたいことがあんだわ」 「はい?」 「檜柱を鉋で仕上げて欲しいんだよ」  ソフィア邸のリビングを「真壁和室」風にする。和室風となるのは、この世界に畳がないので板の間となってしまうから。  バースさんに、四方無地の檜柱を必要本数頼んでおいた。  その柱に「背割れ」という一面だけ柱の上から下まで、あえて縦に芯まで切れ込みを入れる。  柱は年月が経つとひび割れをおこす。これを背割れ処理することで上手く力を逃すことができ、ひび割れを防げる。背割れした面は、壁の中に向けて隠す。 「鉋掛けなら任せてください」 「頼んだぞ。ピグ」  真壁和室は、日本文化が誇る特徴的な和室。大壁と比べ、全ての柱が見える造りとなっている。  「書院」や「(とこ)の間」「床脇」があり、「床柱」「床框(とこかまち)」「長押(なげし)」「落とし掛け」など、大工の技術がかなり求められる真壁和室。  元世では、材料のコストや耐震性、断熱性能の都合でほとんど見られなくなってしまった。  しかし、真壁和室が(かも)し出す雰囲気は、木の温もりや「わびさび」という日本独自の渋さを持つ。  今回、板の間の真壁和室風リビングを、ユーゼフやソフィアちゃんがどう評価するかはわからない。それでも、自分の集大成を賭けたかった。  数日後、ピグが仕上げた柱を確認する。……完璧だ。文句の付け所がない。水を垂らすと完全に弾く。きちんと鉋で仕上げることにより、柱の表面は持ちが良くなる。  元世では、これに手垢が付くのを防ぐためクリア塗装を施す。この世界でも似た塗装は出来るが、あえてやらなかった。ピグの仕事を隠してしまいそうだったから。  屋根下地が終わり、屋根屋に後は任せて壁下地の施工へと移る。作業をしていると、隣の現場からゲンさんの怒鳴り声がきこえた。 「あなた何やってるの!? こんなことも出来ないなら、ジェイクなんて辞めなさい!!」  んー。相当キレてんな。精鋭集めたんじゃねぇのかよ。  その日の昼、俺らは現場の脇に休憩室として造った小屋で昼メシを食べていた。アムロが話し出す。 「なんか、めっちゃゲンさん怒ってましたね」 「それな。あれは完全に『パワハラ上司』って奴だ」 「パワハラ?」  俺は、大工になる前のサラリーマン時代を思い出していた。  俺が勤めていた会社は建設系の上場企業。激務だが福利厚生はしっかりしていた。当時「就職氷河期」だった中、倍率140倍という狭き門を、大学の推薦という力を借りて内定をもらった俺。  新入社員は40名で、研修中に仲が良くなった同期達が何人かいた。その中に、愛称が「ヨシ」と呼ばれるやつがいた。  ヨシは、頭のいいやつなら誰しもが目指す有名国立大出身。本人は「親の期待に応えるために必死で勉強した」と言っていた。研修でもその優秀さを発揮する。その後、ヨシと俺は同じ部署に配属となり仕事をこなしていった。  月日が経ち、俺はヨシが負担する仕事量がおかしいことに気付く。やたらと残業や休日出勤が多い。「俺余裕あるから、仕事よこせ」と言ったが「大丈夫だよ」と断られた。  部署で飲み会があった日、ヨシは残業で出席しなかった。俺は課長に冗談混じりで聞いてみた。 「課長。ヨシに仕事振りすぎじゃないっすか? 死にますよ?」 「いいんだよ。あいつ国立大出身で調子乗ってるし。優秀なら余裕でしょ」  ヨシは自分の出身を自慢する様なやつじゃない。課長の同期の人から聞いた話だと、課長は有名私立大卒で、本当は国立大を目指していたらしい。完全な嫉妬によるイジメだった。  ある日。課長がヨシを呼んで責めていた。 「てめぇこんな仕事いつまでやってんだよ!? ああ!?」 「……すいません。もう少しで終わります」 「いつだよ!? あと何分!?」 「き、今日中には必ず……」 「さっさとやれよ! トロいんだよてめぇは!」  建設企業の社風はよく「体育会系」と言われ、こういった怒号が飛ぶことは珍しくない。  周りのみんなは黙っていた。下手に課長を刺激すると自分に火の粉が飛ぶと、見て見ぬフリをする。そして、俺もその1人になっていた。  その半年後、ヨシは借りていたアパートの部屋の中で首を吊った。  原因は明らか。課長による「パワハラ」だ。  俺を含めたヨシの同期が、何人か事業部長に呼ばれる。「あいつと仲良かったろ? 何か聞いてないか?」と質問され、俺は課長のパワハラを指摘した。パワハラが認められ、課長はその後解雇された。  だが……もう遅い。ヨシは帰ってこない。  どうしてもっと早く事業部長に相談しなかったんだと、俺は自分を責めた。パワハラなどのイジメは確かに悪いこと。しかし、それを見逃す周りも同罪だ。  ヨシは鬱病だったらしい。ネットで調べると「過度のストレスで思考能力が低下し、精神的にもネガティヴになる」と載っていた。  自殺する直前のヨシは、別人の様に元気を失っていた。PCの前で呆然としていることも多かった。そこまで追い込まれていたのなら、なぜ助けを求めないんだと思った。でも、ヨシは責任感が強くて自分で何とかしようと必死だった。俺はその時に思った。  仲良いってなんだ? 俺はヨシの何だったんだ? 何もわかってねぇじゃねぇか……。  「パワハラ」や「表面上だけの付き合い」は社会に潜む闇だと悟った。  数年後、全国に転勤を繰り返した俺。転勤する度に出会う人達と「表面上だけの付き合い」をすることに嫌気が差し、退職した。もうああいう世界に、戻りたいと思わない。 「……シロウさん? ケンシロウさん?」 「ん?」 「どうかしました?」 「……いや、なんでもねぇよ。そろそろやるか」 「はい!」 「ピグさん、起きるでやんす」  モブポンがピグの額を叩いた。 「どぉ!? 何!? もう飯!?」  こいつらは……絶対守りたい。ここまで協力してくれたみんなのためにも、絶対ゲンさんとの勝負に勝たなきゃならねぇ。 ◆
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