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57.ダブルスコア
ある日、休憩室に行くとソフィアちゃんが中にいた。
「ケンちゃん!」
「あれ!? ソフィアちゃん、こんなとこで何やってんの!?」
「だって全然来てくれないんだもん! だから私が来ちゃった!」
「いやいや怒られるよ!? ……俺が」
「どうして? 友達に会うだけでしょ?」
「まあ、そうなんだけどさぁ」
俺の後ろからモブポンが顔を出した。
「どちらさんでやんすか?」
モブポンを見た彼女が笑う。
「あー! モブポンさんだ!」
「ぽえ? おいらを知ってるでやんすか?」
「うん! 『カルラスでやんす建築』のモブポンさんでしょ?」
「はいな! 驚いたでやんす」
両頬を手で抑えるソフィアちゃん。
「ほんとに『やんす』って言ってる! 可愛い~!」
モブポンの後ろで、胸糞悪そうにタンを吐くピグ。俺らは彼女と賑やかに談笑した。
「じゃあ私いくね! 家が出来るの、楽しみに待ってるから!」
「おう!」
ソフィアちゃんがゆっくりと出て行った。笑顔で見送るアムロ。
「なんか気持ちのいい子でしたね。着飾ってない感じで」
「ああ、いい子だよ」
そこから完成までの間、色んな人が差し入れを持って俺らの現場へ見学しに来た。励ましの言葉をもらい、一層やる気を出す。
季節は冬となり、休憩室にレンガを積んだ焚き火用の暖炉を造った。作業中に手が寒さで動きが鈍くなるのを、みんなで囲んで暖めた。
アムロが野縁組みの作業中、脚立から転落して手首を捻挫することもあった。しばらく休ませようとしたが、「片手でもやれることはやりたいです」と本人が突っぱねてきた。
途中、協力業者が現調に来て打ち合わせしたり、営業日を縮小したハヤミ建設への工事依頼をこなしたりもした。
工期が迫り、いよいよ内装の仕上げ業者が入って大詰めを迎える。契約の引き渡し日の前日に、最終的なチェックを済ませてソフィア邸は完成した。
それと同時に、ゲンさん率いる匠工務店も竣工を迎える。足場が外され、お互いの家の外観が露わになった。
匠工務店が建てた家を見て、俺らは絶句した。あまりにも豪邸といった外観。外壁は全面タイル貼り。アール型窓に、やはり石像が装飾されていた。
「ゲンさん。中を見せてもらっても?」
「あなただけなら構わないわ。変なことしないでよ?」
「んなことしねぇっつの。疑うなら一緒に入れよ」
中に入って、さらに脱帽。
家の間取りは6LDK。
1階にリビング、キッチン、洗面所と風呂、洋間が2部屋。2階に主寝室と洋間が3部屋。全面大理石の床。
リビングには豪華なシャンデリアや開けた吹き抜け。繊細な彫刻が彫られた左官仕上げの壁。床暖房あるのになぜか暖炉付き。さらには階段3段上がりで10畳のスキップフロアがあった。風呂も大理石製の浴槽。
2階へ上がる階段は、曲線を描くストリップ階段。2階の主寝室も超広い宮殿の様に造られていた。
まさに貴族が住むのに相応しい豪邸だった。この家は、ゲンさんの感性を元に思い描いたもの。脅威の才能を感じる。
「あなたの家も、覗いていいかしら?」
「どうぞ。トイレは使用禁止な」
「使うわけないでしょ?」
対して俺らが造った家は5LDK。費用総額は経費込みで6500万ギル。外観は神社仏閣に近い、農家さんの御屋敷のような感じ。外観を眺めるゲンさん。
「変わった造りね」
「俺の故郷の工法だ」
1階にリビング、キッチン、洗面所と風呂、主寝室、アトリエ。2階に洋間3部屋。床はリビング以外全面無垢の杉板貼り。1階のLDKと主寝室に床暖房。
リビングは真壁和室風で床は檜の板貼り。主寝室の上は下屋(1階にある屋根のこと)となり、夜に星を眺めるための天窓付き。動線を考えて各箇所に手摺を設置。所々の壁に凹凸を設けて、ロウソクの間接照明も造った。
将来、ソフィアちゃんが車椅子生活になる可能性を考慮し、各階の段差をなくしている。洗面所にも小さな暖炉を置く。これは風呂と洗面所の温度差によって引き起こされる「ヒートショック現象」防止のため。床暖房は温まるのに時間を要するので設置した。風呂は檜を使った浴槽。階段はストリップ階段。
アトリエは家の北面に位置する部屋にした。油絵の保管は、直射日光と湿気を避けたい。北面の部屋なら朝日と西日を避けられる。
また、アトリエの部屋内を明るくするために、大きな窓を設けた。湿気対策には、床下と壁内に木炭を入れ込み湿気を吸収する工夫を施す。筆などをたくさん置けるように、細かい収納棚も付けた。
手摺を触りながら、ゲンさんから質問を受ける。
「この至る所にある手摺は……なんで付けたの?」
「歩きやすいだろ?」
「誰が? お嬢様?」
「……さぁね」
不穏な表情になるゲンさん。
「ま、これなら私の家が負けるわけないわね」
「は? 何でだよ?」
「だって、あなたの家は貴族っぽさがないもの。ユーゼフ卿の要求と全然合わないわ。小さいし、なんか安っぽい。それにお嬢様達が引っ越したあと売れるのかしら? アトリエなんて不要な人たくさんいるのよ?」
「そんなこと知るか。俺らはソフィアちゃんに喜んで欲しくて造ったんだよ」
「あっそ。ちなみにこの家の費用総額、いくら使ったの?」
「6500万ギルだ。あんたの家は?」
「へぇ。こっちは1億7000万ギルよ」
け、桁が違い過ぎる!! ダブルスコアじゃねぇか。
「明日、ユーゼフ卿に見てもらって勝負が決まるわ。楽しみね」
「……そうだな」
休憩室に戻ると、アムロ達が待っていた。
「ケンシロウさん。どうでした? ゲンさんの家」
「……すごかったよ。マジで貴族の家だった」
「勝てそうですか?」
「ん〜……わかんねぇ。ヨーゼフによるな」
「そうですか……」
不安な顔をするアムロ達。
「で、でも俺らはやれること精一杯やったっス」
「そうでやんすよアムロ君。顔を上げるでやんす」
「……うん!」
こいつら……俺の地味な名前間違いに全く気付いてねぇ。もしくは気付いてても、ツッコむ余裕がねぇのか。
翌日、ユーゼフを呼びにいったゲンさん。彼らの到着を待つ俺ら。その他には見学者としてマリンちゃん達バース材木店のみんなや、ダッジ夫婦など多くの町の人達が勢揃いで来てくれた。
マリンちゃんが俺らの建てた家を見て、はしゃいでいた。
「ケンシロウさん! すごいお家が出来たね!」
「ああ、みんなのおかげだよ」
「中も見たけど、とっても素敵だったよ! 私だったらこっち住みたいもん」
この子を見ると元気が出る。
「うん、ありがとう」
そして、ユーゼフが歩いてきた。ゲンさんが後ろからついて来ている。
「これがゲンの造った家か?」
「はい。向かって右側が当店施工の物件でございます」
「ふむ。ではゲンの方から見させてもらうよ」
「かしこまりました。ごゆっくりとご覧下さいませ。足元にだけご注意願います」
ユーゼフは1人で匠工務店の家に入って行った。
「ゲンさんは行かなくていいのか?」
「余計な営業トークなんて必要ないからね。勝敗は一目瞭然でしょ? あなたも待ってなさいよ。ユーゼフ卿があなたの家を見るかわからないけどね」
「あそっすか」
しばらくすると、ユーゼフが出てきた。
「おかえりなさいませ」
「うむ、素晴らしい出来だったぞ。ゲン」
「もったいなきお言葉でございます」
「よし、決めた。この家を娘へ贈ろう。ゲン、すぐにうちへ来なさい」
「……かしこまりました」
2人は館へ向け歩きだした。呆気にとられる俺。……もしかして、今普通に流れる様にして決まらなかった? 周囲のみんなも、あっけらかんとしている。
「ちょっと待って下さい!!」
突然、アムロが叫んだ。ゲンさんだけが振り向く。
「……なに?」
「ユーゼフ卿! 一目でいいので、当店の物件も覗いては頂けませんか!?」
「うるさいわね。もう決まったのよ。ユーゼフ卿はお忙しいの。無駄な時間とらせないでちょうだい」
「そんな……こっちの家を、何も見ないで決めるなんて……あんまりだ」
アムロ……。他のみんなも俯いてしまった。俺も度肝抜かれたが、最後の賭けに出た。
「ユーゼフ卿。ちょっと宜しいでしょうか」
「なんだ?」
「ソフィア様はいらっしゃいますか? 彼女にも見て頂きたいのですが」
まだ、あの子が見てくれれば、逆転のチャンスはある。
「娘は結婚の準備で忙しい。今日は不在だ」
は? ……不在だと? 頼みの綱が無情にも切れる。
「そう……ですか」
「ケンシロウと言ったか。その家の解体を命ずる。廃材はひとつ残らず撤去しろ。3日以内だ。以上」
再び歩き出すユーゼフとゲンさん。ゲンさんは、振り向きざまに笑っていた。俺の後ろから、何人かの啜り泣く声が聞こえる。
終わった。
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