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58.黄金
……え?
ちょ、こんなのありかよ。
もちっとなんかあんだろ普通?
こっちの家を見向きもせずに決めやがった。
今まで、なんのために努力してきたんだ?
半年だぞ?
いや、期間なんて関係ねぇか。最後のゲンさんのニヤけ顔。腹立つ元気もないわ。はぁ、貴族の守銭奴かぁ……ソフィアちゃんが同じ遺伝子継いでるとは思えねぇな。
それにしても酷い仕打ち。庶民の努力なんてどうでもいいってか。これでアムロ達は匠工務店へ吸収される。辞めるなら、ジェイクとしての活動も禁止。
アムロはやっぱバースさんのとこか。
ピグは他でやっていけんのかな……。
モブポンは……あんま心配いらねぇか。
絶対守るって……決めてたのによ。
この家も解体か。
みんなで一所懸命に造ったのに。
弟子達にやらせたくねぇよそんなの。
俺がやるしかねぇか。……3日以内がキチぃな。
みんなの大切な金が水の泡なの?
バースさんの老後、マリンちゃんの嫁入り準備費用、ベーアさんの退職金、マッコさんの……えーと、あれなんの金だ?
みんなの思いが、一瞬にして吹っ飛んだ。
そんで俺は町から追放。いや追放ってなんだよ? また草原歩くのか? どこまで? ダッジさんとこに行ったら、追放にならないの? ……って、なにダッジさんに頼ろうとしてんだ俺は。もうダッジさんは結婚したんだから、俺は邪魔だろ。
「地獄」なんて言葉じゃ……生ぬるくないか?
振り返るとみんな泣いていた。バースさんですら、指で目頭を押さえて下を向いている。
みんなごめんよ。
信じてくれてたのにな。
俺はみんなを「不幸」にしちまった。
ごめんな……。
少しずつ、帰っていくギャラリーの人々。
ダメだ。血の気が引いて意識が……遠くなっていく。立っているのもやっとだ。
目の前が、白黒の世界に変わっていく。そして……耳まで遠くなってきた。
「……!」
なんだ? 誰かの呼ぶ声が聞こえる。死神からのお迎えか? 俺なんて処刑されてもおかしくないわな。
「……ん!」
はいはい。
「……ちゃん!」
今いくよ。
「……ンちゃん!」
わかったって。うっせぇよ。
「……ケンちゃん!」
ケンちゃん? ずいぶん馴れ馴れしい死神だな。
「ケンちゃんってば!!」
あれ?
「ケンシロウさん! ソフィア様が来ましたよ!!」
アムロに頬をペチペチ叩かれる俺。ソフィアちゃんが来た……だと?
「ケンちゃん! お家見ーせて!」
なんだ夢か。ソフィアちゃんがいるはずねぇだろ。
「ダメでやんす。完全に意識飛んでるでやんすよ」
モブポン。
「こりゃ現実逃避ってやつっスね」
ピグ。
「彼はどうしたら起きるんだ?」
ベーアさん。
「俺がラリアットして起こすか?」
バースさん。
「そんなことしたらケンシロウちゃん死んじゃうわよ」
マッコさん。
「目は……開いてるんだけどね」
ダッジさん。
「困ったわね。寒くて凍ったのかしら?」
マミーさん。
「……つ、冷たくなってる!」
モブオさん。
「早くあっためないと……死んじゃうよ」
モブゾーさん。
「ケンシロウさん……」
ん? なんだろう。
背中から……何かに包まれている。
あったけぇな。
太陽の光か?
視界が……色彩を取り戻していく。
「ケンちゃん起きてー!」
目の前には……ソフィアちゃんがいた。マリンちゃん以外のみんなが、俺の顔を覗き込んでいた。
「え? 俺は一体?」
「やっと起きたでやんす」
「ケンシロウさん、大丈夫?」
耳のすぐ裏から、優しい声が聞こえた。急に胸が熱くなってくる。
「ああ、もう大丈夫だ。ありがとう……マリンちゃん」
ソフィアちゃんは結婚準備を早々に切り上げて、アレサンドロさんと一緒にここへ来たらしい。
彼女の婿養子アレサンドロさんは茶髪で色白の肌に、碧眼の爽やかな男性だった。おぼっちゃま感はあるが、悪い人ではなさそう。
彼女達に、ゲンさんの家と俺らの家の中を見てもらった。
「ケンちゃん……私、嬉しいよ。アトリエとか、手摺とか……アレサンドロさんのために、星空が観れる天窓まで付けてくれたのね」
「ケンシロウさん。僕も嬉しいよ。間接照明とか、すごくいい雰囲気の家だと思う。ありがとう」
「いえいえ。みんなで力を合わせた結晶みたいなもんですよ」
「あの柱が見えるリビング、とっても素敵だったわ!」
「あれは真壁っていう造りなんだよ」
「へぇ~! なんかあったかい感じしたよ!」
そして、ここまでの経緯を説明した。
「そう……お父様、酷すぎるわ」
「でも、もうこの家の解体は決まっちまったんだよ……」
「アレサンドロさん」
「なんだいソフィア?」
「お父様を……呼んできて下さる?」
「……うん。わかった」
しばらく待っていると、ユーゼフとゲンさん、アレサンドロさんが戻ってきた。
「どうしたんだソフィア。お前は結婚の準備があるだろう? こんなとこにいる暇はないはずだ」
「申し訳ございません、お父様。どうしても家を見たかったものですから」
「そうか。しかし、もう贈る家はゲンの家と決めておるのでな。ケンシロウの家は解体する」
「……」
「体を冷やすぞ。早く戻りなさい」
ユーゼフが振り返って帰ろうとした。
「お父様! ……お待ち下さい」
「なんだ? まだ何かあるのか?」
「私、ケンシロウさんが造った家に住みたいのです」
「……なんだと?」
それを聞いたゲンさんが焦り出す。
「お、お嬢様。ご冗談が過ぎますよ?」
「ううん、冗談ではないの。ケンシロウさんの家はあったかいけど、ゲンさんの家は……なんだか冷たく感じてしまうのです」
「そんな! お嬢様いけません! あなたは伯爵令嬢なのですよ!? ケンシロウの家は、お嬢様に相応しくございません!」
「あったかいだと? ソフィア、ゲンの家にもちゃんと暖炉があるではないか」
「そういうことではないのです、お父様。ケンシロウさんは、私やアレサンドロさんのことを本当によく考えて家を造ってくれました。彼の優しさを……あたたかさとして感じるのです」
「いやいやいやそんなもの、ゲンの家と比べたら大したことではない。見よ、この壮大な外観。誰しもが羨む豪邸ではないか」
「そんな……私は、豪邸を望んではございません」
「いいから、私が決めたゲンの家に住めばいいのだ! あの家は他の貴族にも売却できるのだぞ? ケンシロウの家はアトリエが邪魔なんだ。多すぎる手摺も見栄えが悪いと言うではないか」
どんどんと表情が暗くなり、視線が下がるソフィアちゃん。
「……チ。うるさいわねぇ」
「……ん? 今なんと?」
「うるさいって言ってんだよ。私はケンちゃんが造った家の方がいいって言ってんの!」
多分、この場にいる全員が思った。
まさか……暴走?
「ケ、ケンちゃん!? なんだその呼び方は!? やけに馴れ馴れしいではないか!」
「ケンちゃんはケンちゃんよ!! 私の大事な友達なの!! 心優しい親友よ!!」
「親友て……。ってなんだその態度は!! 父の私に逆らうのか!? しのごの言わずにゲンの家に住め!!」
「絶対に嫌よ!! ケンちゃんの家に住みたい!! それが叶わないなら……婚約なんて破棄してやるわ!!」
婚約破棄の言葉に、表情が一変するユーゼフ。隣で顔面蒼白なおぼっちゃま。
「ちょちょちょ、それはないよソフィア!! それだけは勘弁してくれ!! 私の顔が潰れる!! 他の貴族にも示しがつかなくなるぞ!!」
「あーうるっさい!! そんなこと知るか!! どうせゲンさんの豪邸を娘のために建ててあげたとか言って、他の連中に自慢したいんでしょ!?」
「え!? ……い、いや」
「舐めてんじゃないわよ!! 私の人生よ!! 自分の住む家は自分で決めたいの!! 絵画も続けたいの!!」
「え〜と……な、舐めてはないです!」
「絶対舐めてるわよ! なにが『ゲンの家にも暖炉あるだろ』よ。神経おかしいんじゃないのあんた? そんなんだからお母様は出て行ったのよ!!」
「そ、それとこれは話が違うよ~」
「大体なんで私達の住む家をあんたが決めんの!? 納得いくわけないでしょ!?」
「……ま、まぁそれは確かにそうなんですけど」
「決めた!! 私、ケンちゃんの家に住むから!! 文句は言わせないわ!! わかった!?」
「え~……」
「ったく、じれったいわね!! あなた一家の主でしょ!? 決断が遅いのよ!!」
「だって……」
「うるせぇ、だってとか言うな!! これ以上の議論は無駄なのよ!! 無駄無駄無駄!! 時間の無駄ー!! 早く返事しなさい!!」
ユーゼフは、ゆっくりと深呼吸した。
「……はい」
終始、目がゴマアザラシになっていた周囲。
「ケンちゃん!」
「へ、へい!」
突然ソフィアちゃんは、満面の笑みで振り返り俺を呼んだ。びっくりしてずっと我慢していた屁をこいてしまった俺。ギリギリ返事の声に紛れて気付かれていないはず。
「こんな素敵なお家を建ててくれて……本当にありがとう」
ソフィアちゃんは手を伸ばしてきた。
「喜んで頂けて、何よりです」
たぶん握手しようとしていたのを、のぼせ上がった俺は跪いて彼女の手にキスをした。ドン引きする周囲の連中。それでも彼女は微笑んでくれた。
「ソフィア。そろそろ病院へ行かないと」
「はい。アレサンドロさん」
彼女はユーゼフに近づいた。
「お父様」
「はい?」
「今までお世話になりました」
「……え?」
「アリーヴェデルチ」
ソフィアちゃんの言葉で、時が止まった様に感じた。そして彼女は、美しく黄金に着飾ったアレサンドロさんと帰って行った。
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