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60.エンプティー
夜、俺は町の広場で待っていた。ダッジさんが野菜を売るのに利用している場所。
さみぃ……。寒さのあまり手をこする。なんでこの世界の冬はこんな期間なげぇんだ? 吐く息も真っ白やんけ。
はぁ、ゲンさん来るかなぁ。気が向いたら行くわって、大体こねぇんだよな。
遠くで、子供連れの家族が手を繋いで歩いているのが目に入った。
その瞬間……有加と直樹の3人で、冬に手を繋いで公園を歩いていたことを思い出し、急に泣きたくなるほど寂しくなった。当時は寒さなんて感じなかった。家族の温かさが、そこにあったから。
もう3人で一緒に歩くことは出来ない。いくら祈り願っても、それが叶うことはない……。
ふと、広場にある時計台の時刻を見ると、約束の時間から10分過ぎていた。帰ろうかと思ったその時。1番広い道路の奥から、1人の女性が歩いてきた。
赤い服に、白いマフラー。聖夜の夜中に煙突から不法侵入して、勝手に贈り物を置いていくオッサンを思わせる格好をしたその人は、ゲンさんだった。やっぱ綺麗な人やん。
「待たせたわね」
「俺もいま着いたとこ」
「……嘘ばっかり」
「ぐふふ」
また出るキモい笑い方。もうこれ標準でキモいのか俺?
「どこ行くの?」
「いいとこっす」
俺はゲンさんを連れて、ある店へ向かった。
「何ここ? スナックじゃない」
「まあまあいいから」
スナックマミー。実は跡を継ぐ子がいて閉店はしていなかった。中もマミーさんがいた当時のまま残されている。
事前にこのことはマミーさんに伝えてあり、貸切にしてもらっていた。ゲンさんがバックれなくて、ほんと良かったと安心する。カウンターに座って、お酒を頼んだ。
「へぇ。お洒落なお店ね」
「でしょ? 落ち着いて話せると思ってさ」
「……なにを?」
「ん? ゲンさんの話」
「私の何を聞きたいのよ……」
「昔、匠工務店の元締めだったドンさんの娘だったんでしょ?」
「……ええ」
「代替わりするまで、普通にジェイクやってたわけ?」
「そうよ。でも私は……この町の生まれではないの」
へ? この町出身じゃない? まさか俺と同じ境遇とかってオチか?
「どこから来たの?」
「ここから遠いところに別の町があって、私はそこで育ったの」
あ、別の町なんてあったのね。そりゃそうか。
「ドンさんも別の町出身ってこと?」
「いいえ。ドンはこの町の生まれ。私は……ドンの愛人に産ませた隠し子よ」
あいや〜。もっとヤバいやつ来た。
「ドンは、あちこちで女ひっかける最低なクズだったわ。私の母も奴が町に来た時の被害者。母はずっと1人で……私を育ててくれた」
おいドーン。なにやってんだよ。ドンがファンしちゃってるよ。
「ドンさんは、何もしてくれなかったのか?」
「何もないわよ。あいつが助けてくれてたら、母は過労なんかで倒れてないもの」
「そっか……大変だったんだな」
「お金があれば、そんなことにはならなかった。人の命は、金次第だと思ったわ」
「……金ねぇ」
「この世界は『金』と『権力』を持つ人がルールを決めているの」
ん〜否定は出来ねぇな。それは元世でも同じようなもんだし。
「私は両方欲しくなって、ジェイクになったのよ」
「女のジェイクはやっぱ珍しいのか?」
「まぁね。最初は女になんか無理だって、馬鹿にされたわ。それが悔しくて勉強して受けた試験も、明らかに女ってだけで……落とされた。猛勉強しても意味がなかった」
そうか。男尊女卑がまだ根強い世界なわけか。
「ひでぇ話だ」
「男なんてそんなもんでしょ?」
「でも、そんな中よく合格できたな」
「次の試験を受けた時、たまたま検査官に女性がいたの。その年に合格したわ」
「なるほど」
「その後、金持ちや貴族を相手にする高級住宅専門店に勤めるようになって、技術を磨いてたの」
「なるほど。その時に培われた技術が、あの家に使われてたのか」
「ええ。そんなある日、役人が私を訪ねてきたのよ。ドンが亡くなって、匠工務店の跡を継ぐかどうか聞かれたわ」
「なんでゲンさんなの? こっちの町に跡取りいなかったのか?」
「ドンは奥さんとの間に、子供が出来なかったらしいわ。奴はこの町の建築を全て仕切っていた、匠工務店の代表だった。こんなチャンスないと思ったわ」
ふ〜ん、そこから始まったわけね。
「ほんと、この町の建築レベルの低さには驚いたわ。ロクなジェイクいなかったし。ドンが相当適当な人間だったとわかった」
「どうしてそれを変えようとしなかったんだ?」
「変える必要がないからよ。ずっとそれがまかり通っていたものを、無理に矯正する意味なんてない。工事をジェイク達に割り振って、金だけ貰えれば十分でしょ?」
「それはダメっしょ。素人にバレねぇと思って適当な仕事すんのはプロ失格だって。……あ、おかわりいる?」
コップを差し出すゲンさんに酒を注ぐ。
「……どうしても早く金と権力が欲しかったの。ある程度資金も貯まって、私の評判がユーゼフ卿の耳に入った頃、あなたが現れた」
「俺はこの町見て焦ったわ。何とかしねぇとダメだろってさ」
「もう、かなり邪魔だったわあなた。……記憶喪失とかほんとなの?」
「ああ。でも、みんなに助けてもらって、あんたとの勝負に勝った」
「……そうね。負けたら……お終いね」
「なんでそんなに金と権力が欲しいわけ? デカい家でも建てたかったとか?」
「は? いらないわよそんなもの」
「じゃあなんで?」
「ユーゼフ卿に……議員推薦してもらいたかったの」
「おーい、それこそアウトっしょ。この町の議員は選挙制度だろ?」
「女はそれ以外方法なんてないの! この町の議員はみんな男なのよ」
「そんなことしてまで、議員になる必要あんの?」
ゲンさんは酒を一口飲んだ。
「母子家庭に援助する、支援金制度を作りたかったのよ」
な、なに? 開いた口か塞がらない俺。
「そう……いうことね」
ちょっと待てよ~。
もう~、なんだよこのオチは。
ゲンさんってすんごい良い人なの?
だって母子家庭支援金制度作りたいなんて、良い人じゃなきゃ言えないよ?
んで俺は、それの邪魔したわけか?
すんごい複雑な気持ちなんだけど。
「でも、もう叶わないわ」
酒を飲みながら、諦めの表情を見せるゲンさん。
「そんな立派な目標持ってるなんて、思いもしなかったっす」
「別に。褒められたくてやりたいんじゃない。ただ……母みたいな人を、減らしたかっただけなの」
これは誰が悪いの? ドンはクズ確定だけど。男尊女卑の社会のせい? ゲンさんは諦めなきゃいけないのか?
「……それさぁ、もう普通に選挙でたら?」
「え?」
「だってそれ、誰がどう見ても良いことしようとしてるじゃん? 選挙に出て票を集めればいいわけだろ?」
「簡単に言わないで。誰が女の私に票なんか入れるのよ?」
「あんた、選挙に出たことは?」
「……ないわ」
「いやいや、やる前から諦めてんなっつの」
「結果わかりきってること、やるわけないでしょ!? 選挙に参加するだけでもお金かかるのよ!」
「俺の周りの連中なら、協力してくれるぞ」
「は?」
「今回のあんたとの勝負に関してだってそう。みんなが協力してくれたから、あんたに勝負を挑めたんだ。その支援金制度の話、みんなに聞かせてやれよ。じゃなきゃあんたずっと、悪役のまんまだ。俺は……やっぱなんか納得できねぇな」
「……何言ってんのよ」
「ゲンさんはこの町に来た時、頼る人がいなかった。だからずっと無理したやり方で、ここまで上り詰めたんだろ?」
「……」
「……ゲンさんごめんよ。俺はあんたに『金に貪欲』だの『人に盲目だ』なんて言っちまったけどよ。ほんとは正当なやり方さえ出来れば、母子家庭の人にとって救世主になれるんじゃねぇの?」
「……」
「ずっと……デカいもん1人で背負い込んで、みんなから怖がられて、寂しかったっしょ」
気付くとゲンさんは……表情を変えずに涙を流していた。
「俺は協力するぜ。あんた手相にマスカケ線持ってるしよ」
掌を見るゲンさん。
「しかもこっちには、最強の助っ人がいる」
「……最強の助っ人?」
「ああ。誰よりも他人の幸せを優先する、勝利の女神さ」
「もしかして、アクアさんの娘さんのこと?」
「ん? アクアさんって誰?」
「マリンさんの母親よ。ユーゼフ卿の館の使用人だったの。病気で……亡くなってしまったらしいけどね」
うっそ。ってことはソフィアちゃんも、アクアさんを知ってるってことか?
「なんでそれをゲンさんが?」
「ユーゼフ卿の周辺事情を調べていたのよ。取り入る隙を探していたからね。でもこういう情報は、普通じゃ手に入らない」
「どうやって調べたんだ?」
「情報屋って言う人間がいるの。あなたは関わらない方が身のためね」
なるほど。ゲンさんの権力があってこそ知り得る情報ってわけだ。確かに領主の情報が、簡単に分かったらおかしいしな。
ってことはバースさんやマリンちゃんにも、口封じがされてるってことになるのか。
「ゲンさんはその情報、俺にバラしちゃって良かったわけ?」
「もう亡くなってしまった人の話だからね。今の使用人が誰かっていうのは、漏らしちゃダメだけど」
モブエさんのことか。それ聞いといて良かった~。極秘情報、持っちゃってるやん俺。
「そっか。まぁ、俺は口堅いから安心して。ちなみに放火はほんとにやってないの?」
「だからやってないわよ! すごい迷惑な話よ。脅迫とか言われてる手紙も、普通にしつこい抗議に対して、裁判でも起こそうかと思って送っただけなの!」
ゲンさんが嘘をついてるようには……見えなかった。噂が1人歩きしちまったのかな。そりゃあ手紙が届いた次の日に火事じゃなぁ。
「ねぇ、私のコップがエンプティー」
「あ、すいません」
おかわりの仕方がエレガント過ぎワロタ。けっこう飲むなおい。
「明日さ、町中でお祭りやる予定なんだけど」
「祭り?」
「そう。一緒にダンスしない?」
「ダンスは嫌」
「そっか。ん~、じゃあ踊ろうよ」
「いや意味一緒でしょそれ。なんで一瞬悩んだの?」
少し笑ってくれたゲンさんと、遅くまで飲んだ。つまみはもちろん、炙ったイカだった。
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