62.ハンカチ

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62.ハンカチ

 ダッジさんとマミーさんのために造ったウッドデッキはその後、いつのまにか縁結びの場として有名になっていた。  そこで意中の相手に告白すると、成功しやすいとのこと。  自分達で造ったものが、まさかそんなことになるとは夢にも思っていなかった。実際、夜に綺麗な星空や町並みを見下ろせるあの場所は、普通に考えて告白の場として向いている。  そして今日、俺はそこへ来ていた。ウッドデッキの補修をするために。屋外に設置されるウッドデッキは、人の出入りや雨の影響で部材が痛む。  必要な部分の補修を終え、夕陽を遠い目で眺めつつ町を見下ろしてみる。足場がかかり、新築工事をしているのが遠くで小さく見える。アムロとピグに任せた現場。  モブポンは相変わらず外回りの細かい工事をやってくれている。俺のやり方が馴染み、もう自分で現調・見積もりをこなしてくれていた。  バース材木店では、モブオさんとモブゾーさんが大分慣れてきて心配事はなくなっていた。  ゲンさんは匠工務店をジェラシーに任せて、議員活動に集中するらしい。  この町は……変わった。  俺のおかげなんてことはない。みんながいたから、ここまで来れた。この町の人達と一緒に過ごしてきた日々を思い返してみると、自分なりに無我夢中でやってきたなと思う。  出会ってきた人達の笑顔を見ると、力がみなぎって動きたくてしょうがなかった。みんな俺を信じてくれた。それが……たまらなく嬉しかった。  夜、久々にアムロを誘って銭湯へ行った。この銭湯にも相当世話になった。 「現場は大丈夫か?」 「大丈夫ですよ! わからないことはメモを見たり、ピグに聞いたりしてますから」 「そうか。ピグの様子は? 適当にやってねぇかあいつ?」 「いえ、一所懸命やってますね! ケンシロウさんに言われなくても、掃除とかちゃんとやってるみたいです」  おぉ。こういうの聞くとほんと嬉しい。これは親分にしかわからない気持ち。なんか涙が出そうになる。 「それにしても、この町良くなったと思いません?」 「なんだよ急に」 「ケンシロウさんが来てから、そうなったような気がしますよ」 「ん〜そうか?」 「結局、ケンシロウさんってどこから来たんですか?」 「実を言うとな……別の世界から来たんだよ」  咄嗟に出た、俺だけが知る真実。なぜ今まで黙って来たのか、逆に不思議に思う。 「……え?」 「俺は別の世界で上棟中に転落して死んだんだ。気付いたらこの世界にいたわけよ」 「へぇ~。いつのまに記憶取り戻したんですか?」  っておい。アムロのやつ意外と平然な顔で話してんじゃねぇか。驚かねぇか普通? 「いや、最初から記憶なんて失ってねぇよ」 「なんですかそれ! じゃあ、ご家族とかは?」 「いるよ。結婚して子供もいる」 「えー!? でもケンシロウさんは、別の世界で死んでしまったんですよね?」 「ああ」 「ご家族、悲しいですよね。ケンシロウさんを失ってしまって。ケンシロウさんも辛いんじゃないですか?」 「……そうだな」 「もし願いが叶うとしたら、やっぱり生き返ってご家族に会いたいって思います?」 「まぁ、そうだな……会いたいよ。……死ぬほどな」 「でもそうするとこの世界のケンシロウさんは、どうなっちゃうんですかね?」 「どうだろう。……消えちまったりしてな」  アムロは目を細めた途端、ため息混じりに肩をすくめた。 「……ちょっとケンシロウさん。この冗談いつまで続くんですか?」 「は?」 「妄想癖ハンパないですよ。別の世界だなんて」  あー、こいつは超現実主義者だったわ。 「……そうだな。ってか、お前もよく付き合ってくれたな」 「どんだけ一緒にいると思ってるんですか? そのくらい楽勝ですよ」  はぁ、いいやつだなほんと。  アムロと別れて第2倉庫へ向かうと、扉に誰かが寄りかかって待っていた。マリンちゃんだ。  真っ白なシャツにベージュのタイトスカートを着ており、初めて見る格好。珍しくイヤリングも付けていた。綺麗な大人の女性がそこにいた。 「あ……ケンシロウさん」 「おーマリンちゃん、どしたのこんなとこで?」 「ごめんね! びっくりさせちゃったよね」 「いや、大丈夫だよ」  ぶっちゃけ超びっくりした。 「……あのさ、この後って予定空いてる?」 「空いとるよ。またなんか俺に工事頼みたい人でもいんの?」 「ううん。……違うの。私がケンシロウさんとお話したいの」 「なぬ?」 「あのさ……ちょっと丘の上のウッドデッキに行かない?」   おっと〜、ヤバい心臓止まりそうになった。あかん、それはあかんでマリンはん。 「……えっと」  ぬぉー!!  どう返事したらいいかわかんねぇ!! 「だめ……かな?」  彼女の表情が困り顔に変わる。俺はゆっくり頷いた。 「うん……いいよ」  俺らはウッドデッキに向かう途中、まさかの一言も会話を交わさなかった。変な空気が漂う中、俺が前を歩き、三歩くらい後ろを彼女がついてくるという微妙な距離を保ちながら、丘の上に到着した。  天の川が流れる星空。ウッドデッキの席に、2人で座る。深く息を吐いた俺。 「……ふぅ」  おい、なんか話さないと。 「星……綺麗だね!」  そして簡単に先手を取られる俺。 「あ、はい!」 「ダッジさんとマミーさんのこと、思い出しちゃうね!」 「そうだなぁ。あのときは大変だったよ。マリンちゃんが事務所こなきゃ、告白失敗してたかもな」 「そんなことないよ! だってマミーさん……ダッジさんのこと大好きだったから」 「そうだな」 「……私もね」 「うん」 「大好きな人が……いるんだ」 「そ、そうなんだ」  来た。 「その人はね……」 「うん」 「魔法使いなの」 「……え? ま、魔法使い?」 「最初は変な人だと思ってたんだけど、色んな魔法を見せてくれたんだ」 「ほう……魔法か」 「うん。魔法で色んな人を幸せにしちゃうんだよ」 「そりゃすごいな」 「自分の寝るとこなんて、ずっとベニヤの上なのに、他の人のために走り回ってるんだ」 「マジで? 寝心地最悪じゃん」 「でしょ? 自分のことより、人の幸せを願う人なんだと思う」 「そっか……」 「その人ね、ある領主さんの願いまで解決しちゃったんだよ。すごい難題だったんだけどさ」 「……ふ〜ん」 「領主さんから、お礼貰えるはずだったんだと思う。でも……その人は何も受け取らずに、町の税金が下がったんだよね」 「なるほど」 「自分への褒美とか、放棄したんだよ。……きっと」 「だろうな」 「そういうこと、ほんと言わないんだよね」 「ん〜、恩着せがましいって、思われたくなかったんじゃない?」 「ね! 私もそう思う」 「マリンちゃんは、いつからその人を好きになったの?」 「え!? ……うーん、わかんない。気付いたら、ずっとその人を考えるようになってたというか……」 「……うん」 「夜も眠れなくなっちゃって」 「……そっか」 「でもね……ある日、気付いちゃったんだ」 「なにを?」 「たぶん結婚してるんだよ。その人」 「たぶん?」 「その人が子供を抱っこしたのを見て『あ、お父さんの顔だ!』って思ったんだ。抱き方もすごい上手だった」 「あ〜そういうことか」 「辛くて……息ができなくなっちゃった。思い込みなのかも知れないけど」 「でもまぁ……けっこうショックだよな」 「私結婚したい人は、ずっとそばにいてくれる人かなって思ってたんだけど」 「うん」 「私がその人のそばにいたいって、いつの間にか変わってたんだよね……」 「そっか……」 「好きなの……その人が大好きなの」 「あ……ほら。これ使いな」 「……ありがとう」 「どこから来たんだろうな。その魔法使い」 「……あのね、願いが叶う祠って知ってる?」 「ああ。聞いたことあるよ」 「私そこで、あるお願いをしたの」 「お願い? なんて?」 「『みんなが笑顔になれますように』って」 「……ほんと、マリンちゃんらしいね」 「そしたらね、祠が光ったんだよ」 「へ?」 「ほんとだよ? それで、次の日にその人と出会ったんだよ」 「……そうだったのか」 「その人はね、家族に会いたいって絶対思ってるはずなんだ」 「……そうかもな」 「だから教えてあげるの。願えば叶うよって」 「そいつ、祠の場所知らないんじゃない?」 「あ、そっか! ……そうだよね」 「たぶんな」 「……あ、あとでケンシロウさんにも、祠の場所教えてあげる!」 「うん」 「それでね……もしその人の願いが叶ったら、奥さん紹介してもらうんだ」 「え? どうして?」 「だって見たいんだもん。絶対素敵な奥さんだと思うから」 「マリンちゃんの気持ちは、大丈夫なの?」 「え? ……うん、大丈夫だよ!」  俺の目を真っ直ぐに見つめる彼女。 「私はいいの。毎日顔を合わせて挨拶するだけで……私は十分。……でもね」 「うん?」 「そんな関係でも、ずっと続いて欲しいと思っちゃう」 「……そうか」 「私……ずるいよね」 「マリンちゃん」 「うん?」 「その魔法使いはさ」 「うん」 「君が幸せになることを……心から願っていると思うよ」 「そうなのかな……えへへ。嬉しいな」 「あと、その魔法使いは……たぶんマリンちゃんのことさ」 「……うん」 「……本当に大好きだったと思うよ。ずっと、ずっと抱きしめたくて仕方なかった。でもそれが出来なくて……苦しさで眠れない時もあった。心の中で、いつも君に謝っていたんだ。どうしたらいいのか……わからなくてよ」  大粒の涙を流し始めるマリンちゃん。 「って、俺の話じゃないけどさ〜!」 「ううん……ありがとう」 「ほんと、何言ってんだろうな俺……ごめんよ。全然慰めになってねぇよな」 「私こそ……こんな話聞いてもらっちゃって……ごめんね」 「いや! ……俺は全然いいよ」 「そ、そろそろ帰らないと……ご飯、作らなきゃ!」  「そうだな、バースさんお腹空かせてるよ。帰って美味しいご飯作ってあげな」 「うん! あ……これありがとう! 洗って返すね」 「いや別にいいよ。洗わなくても」 「だめ……最後に、それくらいはお世話させてよ」  彼女は、俺のハンカチを胸の前で抱きしめた。 「……うん」  そうして、俺らは別れた。 ◆次回、最終話となります。
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