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63.光(最終話)
彼女が言った別れ際の「じゃあまた明日ね!」がいつもと違う様に感じたのは、決して気のせいじゃない。
俺はそのまま、彼女から場所を教わった祠へ向かった。もう辺りは真っ暗だった。
はぁ……。なんでこうなっちまったんだ。間違いなく、中途半端な態度をとってた俺のせいだよな。
もしこの町で「幸せになって欲しい人ランキング」のアンケートとったら、彼女はダントツで1位だろな。そんな彼女が、1番自分の幸せを我慢している。
出会わなければ良かったのか? いや、違う。俺の意思が弱かっただけだ。もし祠で願いが叶うのなら、俺の願いは……。
祠は町の外れにある。背の低い木が囲む空間の中に、見たことのない模様を刻まれた石が祀ってあった。
これか? これにお願いすんの?
俺は合掌してお願いをしてみた。
……って、光んねぇじゃねぇか!! え? 俺の徳が足りねぇのか? マリンちゃんの勘違い?
ん~、帰るか。
諦めて振り返ると、後ろで何かを感じとった。固まる俺。なんで俺の前に……影が伸びてんだ? しかも一瞬じゃねぇ。ずっと光ってる。
背後に……何かいる。いや振り向くの怖くないこれ? 今までこんな体験したことねぇぞ?
(ケンちゃん)
はい空耳ー。
(ケンちゃん!)
はい耳鳴りー。
(違うわよ!)
はい妄想ー。
(こっち向いて!)
はい夢ー。
(もう! ケーンちゃん!!)
俺は意を決して振り返った。祠の前で、光の影がゆらゆらしている。
(やっとこっち向いた!)
心へ直接語りかけてくるその声は、ソフィアちゃんだった。
「もしかして……ソフィアちゃん?」
(そうだよ! また会えたね!)
「そうだよっていうか、なにこれ? どういうこと?」
(この祠はね、『死者と会える祠』なんだって!)
「異世界だから……」
(え!?)
「いや、なんでもないよ! まさかまたソフィアちゃんと話せるなんて、思っても見なかったわ……」
(私ここでずっと待ってたんだからね!)
「え、マジで?」
(そうだよ~! またケンちゃんと話せて嬉しい!)
「俺も嬉しいよ! ソフィアちゃん、アレサンドロさんから君が描いた絵をもらったよ! 最高の絵だった。……ありがとう。今、ハヤミ建設の詰所に飾ってるんだ」
(ううん。こちらこそ、ありがとう! あの家でアレサンドロさんと暮らせて、とっても幸せだったよ!)
「……うん。喜んでもらえて嬉しいよ。さっき『なんだって』って言ってたけど、誰から死者と会える祠なんて聞いたの?」
(アクアさんだよ! 私、アクアさんと会えたんだ!)
「そうだったんだ……」
(そう……ケンちゃんのこと、この世界に呼んだのはアクアさんなんだって)
「……マジで?」
(うん。マリンちゃんのお願いを聞いて、それでケンちゃんが選ばれたの)
「『みんなを笑顔に』ってやつか。な、なんで俺? もっと有能なのいっぱいいんだろ? 有名な芸人とか」
(う~ん、なんでだろうね? でもこの町のみんな、凱旋パレードで笑顔になれたんじゃない!?)
「……ああ、そういうことね」
(彼女の願いは……叶ったんだと思うよ! ケンちゃんのおかげでさ!)
「……俺のおかげなんてことはないのにな」
(アクアさんは、ここを旅立っちゃった……。それで今は私がここにいるの。ケンちゃんの願いを叶えるためにね!)
「え?」
(ここは死者がお世話になった人に、恩を返す場所でもあるんだって!)
「……いやいや、もう十分返してもらったよ」
(いいんだよ~! 今度はあなたの願いを叶える番だよ!……それでさ、さっきの『マリンちゃんを幸せにして欲しい』ってお願いなんだけど……)
「うん。何とかなる?」
(彼女が願う1番の幸せって……ケンちゃんと結婚して、いっぱいラブラブして、子供3人産んで、にぎやかな家庭を持つことなんだよね……)
「ああ……やっぱそうなるよな」
(でも、私にそれを叶える力はないんだ。ケンちゃんの気持ちを……無視出来ないから)
「だよなぁ……どうしよ」
(ケンちゃんは、元の世界に帰りたいって思わないの?)
「いや、もちろん帰りたいよ。家族にも会いたいし」
(そうだよね! それは叶えてあげられるよ!)
「マジで!? 生き返れるの!?」
(それが実はね……ケンちゃんは、元の世界で亡くなってないんだよ)
「……は!? いや待って、死んでないと!?」
(今は病院で、かろうじて生きてるよ。でも、風前の灯火なの)
「なにそれ!? なんでそんなことに!?」
(アクアさんはマリンちゃんの願いを叶えるために、ケンちゃんの世界の時間を止めてこっちに魂を呼んだの)
「時間を止めるだって?」
(うん。それでケンちゃんを元の世界に返したら、また時間が動き出すはずだったんだ。でも元の世界で、ケンちゃんは事故にあっちゃったんだよね)
「そう、仕事中に高い所から転落したんだよ」
(アクアさんはずっとここで時間を止めていたんだけど、期間が長すぎて力が尽きちゃったの)
「……え? それでここにいられなくなっちまったのか?」
(うん。もうアクアさんはいないから、今は私が止めてるの。だけど……)
「だけど?」
(私の止められる時間が、そんなにないんだ……私はアクアさんほど力がないから)
「……もしその時間を過ぎたら?」
(ケンちゃんの世界は動き出すわ。ここからが大事な話。魂が抜けた肉体は、命を繋ぎ止める力が弱いから、そのままじゃケンちゃんは死んでしまうの)
「マジか……この世界の俺自身はどうなるの?」
(ん~、そのままこの世界で生き続けると思う)
「……なるほど。完全な転生になるわけか」
(でも、もう二度と元の世界に戻れなくなっちゃう。アクアさんや私は、魂を行き来させることは出来るけど、生き返らせるってことは出来ないから……)
「命が尽きた体に、魂は帰れないのね……」
(今、病院にいるケンちゃんの横に、有加さんと直樹君がそばにいるよ)
「有加と直樹が……」
(もし元の世界に帰るなら、意識を取り戻せるはず! 今がその最期のチャンスなの)
「元の世界に帰ったら、ここの俺は消えちまうのか?」
(うん、残念だけど消えちゃう……魂は1つだからね)
「……はぁ、やっぱそうなるよね」
(ど、どうするケンちゃん?)
「ソフィアちゃん。どのくらい待てそう?」
(う~ん、あと2日間くらいはイケると思う! ごめんね……超短くて)
「2日間かぁ。いや、こんなチャンス貰えるだけ……ありがたいよ。少し考えさせてくれ」
(うん……ここで待ってるからね!)
「ありがとう。ソフィアちゃん」
光は少しずつ消えていった。
おいおいおい。いくらなんでも急過ぎるだろ。死んでねぇってなんだよ……。
次の日、俺は事務所でみんなに祠の話を聞かせた。摩訶不思議な話に、みんな目が点になっていた。
「ケンシロウさん。なんか疲れてます?」
「は? 疲れてねぇわ」
モブポンがしかめっ面で腕を組んだ。
「ケンさん、そろそろ行かないとヤバいでやんすね」
「いや、まだソフィアちゃんは待ってくれるってよ」
「いやいや、病院にでやんす」
「どういう意味だそれ!!」
黙っていたマリンちゃんが、真剣な顔で話し出した。
「みんな聞いて。ケンシロウさんが話してることは……本当なの。私もあの祠でお願いして、お母さんとお話したから……」
バースさんが驚いた様子。
「マリン、そうなのか?」
「うん……黙ってて、ごめんなさい」
「あの祠は……アクアの祖母が建てたんだ」
「え、そうなの!?」
「アクアの家系は、不思議な力を持っていてな。アクアもユーゼフが『他の貴族から絶大な信頼を得る』と言う予言を的中させた」
俺のエセ占いとは訳が違うな。ピグが俺に質問してきた。
「ということは、その祠の力はマジってことっスか。親分は何をお願いするつもりなんスか?」
「……う〜ん」
言いづらいっつの。するとマリンちゃんが、小さな声で呟いた。
「ケンシロウさんは元の世界に……家族のために帰ったほうがいいと思う」
マリンちゃんの言葉に、みんなが沈黙した。
「でもマリンちゃんは……それでいいんでやんすか?」
モブポンは、彼女の気持ちに気付いていたらしい。
「だって私達がわがままいって残ってもらっても……悲しむのはケンシロウさんと、ご家族でしょ?」
ずっと黙っていたマッコさんが話し出す。
「私もそう思うわ。ケンシロウちゃんに帰ってもらうことを考えて、アクアちゃんは向こうの時間止めたんでしょ?」
「ソフィアちゃんの話だとそうみたいっすね」
「ケンシロウちゃん。こっちの世界との往復は出来ないの?」
「……いや、たぶん無理っす。元世に祠があるとは思えないっすから」
突然、モブポンが手を叩いた。
「あ、いいこと思いついたでやんす!」
「なんだよポン?」
「ケンさんに会いたくなったら、また呼べばいいでやんすよ」
ピグがモブポンに返す。
「それ、誰が呼ぶんだよ?」
「もちろんピグさんでやんす」
「俺に死ねと!?」
マリンちゃんが、ピグとモブポンの2人を止めた。
「もうやめようよ。ケンシロウさんが困っちゃうから。……みんなで、見送ってあげようよ」
マリンちゃんはこの時……どんな気持ちだったんだろうか。考えるだけで、胸が痛んだ。
その日の夜、みんながお別れ会を開いてくれた。場所はモブオ邸の手刻みをやっていた空き地。テーブルや椅子を並べて料理や酒が用意された。アムロが俯きながら、静かに切り出した。
「それにしても、突然過ぎますよ……」
「まぁな。……ちょっと寂しいやな」
「え~ちょっとですか?」
「嘘ウソ。……ほんと寂しいよ」
「でもケンさんはいっぱい頑張ってきたでやんす。こうなったこと、誰も文句なんて言わないでやんすよ」
モブポン……。
「親分……俺らのこと、忘れないでほしいっス」
涙ぐむピグ。お前やめろよそれ。弟子の前で泣きたくねぇっつの。
「ああ、忘れるわけねぇだろ」
バースさんに肩を叩かれる。
「ケンシロウ。……飲め」
「あ、頂きます」
コップに並々と注がれた酒を、俺は一気に空けた。
「お前を雇って……良かったよ」
「……バースさん」
突然、後頭部を誰かにチョップされた。
「ん!?」
「ケンさん! もうしみったれた雰囲気はやめでやんす! 最後くらい騒ぐでやんす!!」
間違ってねぇな。
「そうだな。おし! モブポン、俺と飲み比べで勝負すっか!!」
「上等でやんす!! かかってこいでやんす!!」
騒ぎ立てるみんなの前で、俺とモブポンで飲みまくった。……そして負ける俺。強ぇよモブポン。その後、ダッジさんに介抱される。
「大丈夫かい? ケンシロウ君」
「……おろろろろろろろろ」
「ほら、水だよ」
ダッジさんから水が入ったコップを受け取る。その瞬間、このオッサンと出会った日を思い出した。涙が滲み出てくる。
「……ダッジさん。マジで……世話になりました」
「……うん」
ダッジさんはニコッと笑って、何も言わずに俺の背中をさすってくれた。
他の人とも色々と思い出話をして、お別れ会がお開きとなる。その後みんなで片付けをして解散となった。
1人で外から、ハヤミ建設の詰所を眺めていた俺。色々なことがたくさん詰まった、まさに詰所。
「ケンシロウさん」
呼び声に振り返ると、マリンちゃんがいた。
「……まだいたのか」
「うん」
「お別れ会、ありがとな」
「ううん……」
また話が途切れる~。
「もう……会えなくなっちゃうんだね」
「……そ、そうだな。突然、ごめんな」
彼女の目から、涙が流れた。
「……やだ私ったら……もう」
「マリンちゃん……」
こ、これはどうする!?
え、抱き寄せる!?
ち、ちゅーしちゃう!?
「はぁ~、ケンシロウさん! みんなのこと忘れないでね!」
悩んでいたせいで、完全にタイミングを逃した俺。
「……あ、ああ」
そして、お別れの日が来た。
祠の前で、ずっと取って置いた最後のタバコに火をつける。多分、人生で最後のタバコになるな。……ヤニクラがハンパねぇ。そうしているうちに、みんなが集まってくれた。
俺は1人ずつに、お別れの挨拶をすることにした。
モブオさん。
「ケンシロウさん……本当にありがとう」
「モブオさん、みんなで建てた家……大事に住んで下さいね」
「……うん! 君のおかげで、家族も幸せそうだよ」
「それは何よりっす」
モブオさんと抱き合う。
モブゾーさん。
「資金調達の案、あれがなかったら俺らは負けてましたね」
「いいんだ。みんなで力を合わせた勝利でしょ?」
「……そうっすね。ティナちゃんとお子さん、幸せにしてやって下さい」
「うん……ありがとう」
モブゾーさんと抱き合う。
マッコさん。
「ケンシロウちゃん……寂しいわ」
「俺もっすよマッコさん。砥石……ありがとうございました」
「……ケンシロウちゃん」
「マッコさんの悩殺ポーズ、ある意味最強でしたよ」
「あら、やっぱり見てたのね、このドスケベ」
マッコさんと抱き合う。
ベーアさん。
「ケンシロウ君。君のお陰で私は目を覚ますことが出来た。ありがとう」
「いえ、色々協力してくれて本当に助かりました。こちらこそ……ありがとうございました」
「私はダッジさん達と、畑をやることになったんだ」
「マジっすか!? ……いい野菜、作って下さいね」
「出来た野菜、君にも食べて欲しかったけどな」
「ピグに死ぬほど食わせてやって下さいよ」
ベーアさんと抱き合う。
ピグ。
「親分……」
「ピグ。お前が鉋掛けした檜柱……完璧だったな」
「……はい」
「お前の現場も、綺麗になってたし」
「親分がうるさいからっスよ……」
「また鉋勝負しようぜ」
「……腕……磨いておきます」
ピグと抱き合う。
モブポン。
「モブポン。りんご狩、一回くらい一緒に行きたかったな」
「……今は陶芸でやんす」
「マジか。俺陶芸は無理だわ」
「ぽえ?」
「自分……不器用なんで」
「ケンさん……」
「お前には色々助けてもらったよ。ありがとな。ジェラシーとも仲良くしてやってくれ」
「……やんす」
モブポンを抱きしめる。
バースさん。
「バースさん……あなたには、お礼の言葉が見つからないっす」
「そんなもの必要ない」
「え?」
「お前は良くやってくれた。俺の弟子としてな」
「バースさん……」
「……ケンシロウ、寂しくなるな」
バースさんと抱き合う。……苦しい。
ゲンさん。
「ほんとに、行ってしまうのね」
「うん。……みんなでキャンプ、やりたかったね」
「……そうね」
「ゲンさんは社会で働く女性の星だよ。作業着姿もカッコよかったぜ」
「……うん、ありがとう。向こうでも元気でね」
ゲンさんと抱き合う。
マミーさん。
「マミーさん。ダッジさんと……お幸せに」
「ええ。あなたも、ご家族を幸せにしてあげてね」
「ベーアさん夫婦とも仲良くお願いします」
「……ええ、ありがとうね。ケンシロウさん」
マミーさんと抱き合う。
ダッジさん。
ダッジさーん。
なに泣いてんだよ……。
最後くらい、いつものタヌキ面見せてくれよ。
泣きたくなるだろうが。
この世界で、最初に出会った大恩人。
あの時の野菜の味は、一生忘れない。
「ダッジさん」
「ケンシロウ君……」
だめだ。言葉が……でねぇよ。
「ケンシロウ君は、勇者だったんだね。この町を救ってくれた……ありがとう」
「ダッジさん……」
ダッジさんと抱き合い、涙を流した。
アムロ。
お前はいつも、俺のそばで必死に走り回ってた。
俺の言うこと、なんでも素直に聞いてくれた。
無茶する俺を、叱ってくれた。
俺の一番弟子は……お前だ。
「ケンシロウさん……」
「アムロ……」
「もっと……仕事、教えてほしかったです」
「……すまねぇな」
「でも……」
「ん?」
「人としての生き方を……たくさん教わりました」
「アムロ」
「……はい」
俺は腰に巻いた釘袋から、玄翁を出した。
「これ、お前にやるよ」
「……え?」
「大事に使ってくれ」
「はい! ……毎日、磨きます!」
「ハヤミ建設のこと、頼んだぞ」
「……ケンシロウさん」
アムロと強く抱きしめ合った。
マリンちゃん。
君は『光』だった。
初めて会った時から、眩しくて仕方なかった。
ずっとみんなを照らす『光』だった。
「マリンちゃん」
「ケンシロウさん、これ……返すね」
「いいよ。持ってな」
「……うん」
「こういう時、普通は第2ボタンとかなんだけどな」
「ケンシロウさん」
「うん?」
「……ううん……なんでもない」
なかなか来ないマリンちゃん。俺は彼女の手を引き寄せ、抱きしめた。
今まで我慢させてしまった分を取り返すように、強く、強く抱きしめた。
力を緩めて離れようとしたら、マリンちゃんから逆に強く抱きしめられた。
「ケンシロウさんお願い……もう少しだけ」
そして……。
みんなとお別れをした俺は、祠の前に立った。
あえて振り返らなかった……帰りたくなくなっちまうからよ。すると、ソフィアちゃんの声が聞こえてきた。
(ぐすっ……ケンちゃん……もういいの?)
「……ああ」
(じゃあ、行くよ?)
「頼む」
祠の石が強く光り始めると、視界が白く染まっていった──。
どうなってんだ?
真っ白でよくわかんねぇな。
光の世界か?
すぐに元世で目が覚めるわけじゃないのね。
(……郎)
ん?
(……志郎)
この声……まさか。
(賢志郎!)
……はい!!
(一回呼んだら返事しろこの野郎!!)
すいません!!
(ここはどこなんだよ?)
えーと、俺もわかんないっすね。
(ったく。お前がわかんなきゃどうすんだよ)
すんません。
声の主は……親方だった。
ビートを刻みながらタックルしてきそうな、お笑い会の大御所にそっくりだった親方。
(見てたぞ)
え? 何をですか?
(全部だよ全部)
そうだったんすか。
(綺麗な母ちゃんと一緒にな)
え〜と、アクアさんのことっすか?
(ああ、そうだ。まぁ……なんだ。お前は良くやったんじゃねぇのか?)
そんなことないっすよ。心配なこともありますし。
(淳みたいなやつのことか?)
そうっすね。俺がいなくてもやっていけるか……。
(心配いらねぇよ馬鹿野郎)
え?
(なんてったって、俺の弟子が育てた孫弟子達だからよ)
そ……そうっすね。
(おめぇが心配するほど、あいつらは柔じゃねぇ。あの娘もな)
あの子には……酷いことしてしまいました。
(中途半端なことやってからだ、この馬鹿野郎が。結局帰るんじゃねぇかおめぇは)
すいません……。あの……親方。
(なんだよ)
あの時、俺が仕事手伝ってたら親方は助かったんすよね。
(あ? 何言ってんだ?)
俺が断ったから……親方は。
(なんだてめぇ。そんなことまだ気にしてんのか?)
いや、だってそうでしょ?
(それで? 俺が恨んでるとでも言いてぇのか?)
いや、親方はそんなことで恨む人では……。
(だったら、うだうだ悩んでんじゃねぇ。そんな暇あんなら鑿でも研いでろ馬鹿野郎)
そ、そっすね……。
(いい加減、胸張って生きたらどうだ。親方なんてな、弟子が立派に仕事して幸せならなんだっていいんだよ。おめぇが俺の玄翁を毎日磨いてたのも知ってるよ。わかったのか馬鹿。めそめそ泣いてんじゃねぇよ)
すい……ません。
(ほら、嫁さんとチビが待ってんぞ。早く起きろ馬鹿野郎)
はい……。
(いいか賢志郎、お前は俺の『宝』だ。変な死に方したら、ぶん殴るからな)
ちょ……いきなり、なにガラにもないこと言ってんすか? 俺なんて親方に全然恩返せてないし、今だに親方に迷惑かける馬鹿弟子っすよ……。こうやって話せるなら、みんなに紹介したかったっす。親方なら、絶対バースさんと気が合うと思うんすよね。
あ、またこうやって話せるんすか?
墓参りとか行ったら、声かけてくれるんすかね?
あれ……親方?
はぁ……。
ソフィアちゃん……ありがとな。
目を覚ますと、病院の天井が目に入った。ベッドの上で寝ている俺。頭には包帯を巻かれて、酸素マスクを付けていた。
長い夢でも見ていたのか?
横を向いてみると、直樹を抱きながらスマホをいじる有加が、椅子に座っていた。
ゆっくりと上体を起こしてみる。
びっくりした顔をする有加。彼女の横にあるテーブルには、カットされたりんごが皿に盛られて置いてある。テーブルの下に釘袋を発見。しかしそこに……玄翁はなかった。
有加がスマホを落とし、口を手で押さえる。スマホ画面には「セカンドオピニオン」の文字が映っていた。
振り返った直樹が俺を見て……ニコッと笑った。
「おあえい!」
「……ただいま!」
Fin
この物語はフィクションです。実在する人物、団体などとは関係ごさいません。最後までご愛読頂き、誠に有難う御座いました。
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