8.もう今日死んでいいよ俺

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8.もう今日死んでいいよ俺

 燃え尽きたよ……真っ白にな……。  「本能」  世の奥様方に言いたい。大体の男は、好みの女を見るとまず「抱きたい」と思う。そして、その女をどうやってホテルまで誘導出来るか頭をフル回転させる。  「テステステロン」という男性ホルモンがある。これは言わば、性欲のガソリンみたいなもんで、このホルモン値が高い人ほど男らしくて女が好き。  俺はかなり値が高い方だと自負する。結婚して間も無く、友人との飲み会の後に風俗に行ったことがある。浮気ってやつですな。  それが嫁さんバレて、マジで半殺しに近い制裁を喰らった。以降、浮気はしていないが、やっぱりいい女は抱きたいと思う俺の本能。  今、俺はその「本能」という無差別殺人鬼に、盆踊りで騒いでたら後ろを果物ナイフで刺された気分。 「……ロウさん。……ケンシロウさん!」  空を見上げ、半開きの口から魂が出そうになったところを、マリンちゃんの呼びかけで我に帰る俺。スズメが頬に付いた米粒を突くような、心地の良い声。  マリンちゃんを見ると眉をハの字にし、少し内股で両手を胸に当てていた。可愛い。もみくちゃにしたい。  今のマリンちゃんを写真撮って、持ち歩きたいっす。 「大丈夫ですか……?」 「あ、はい!」  返事が裏声になる俺。 「あの、体調でも悪いのかなって」 「体調は……すこぶる悪いです」  これは嘘じゃない。実際、ここにたどり着くまで、ダッジさんの嫌がらせかってくらい野菜を積んだリアカーを引いたせいで、かなり疲れている。  挙句にマリンちゃんを目の前にして、この大失態。  心も体もズタボロだわ。穴があったら入れたい。……違う。入りたい。 「ケンシロウ君はリアカーを引いて疲れているんだよ。それに記憶も失っているんだ」  ダッジさん、ナイスフォロー。 「え!? そうなんですか!? どうしたらいいんだろう……」  困り顔のマリンちゃん。俺が彼女なら、こんな初見で下半身暴走したド変態はロケットに積んで廃棄物として打ち上げる。 「とりあえず、休んだほうがいいですよね! うちの事務所狭いけど、使って下さい!」 「うん。そうしたほうがいいよ! その間、わしは広場で野菜売ってくるから」 「え?」  平然な顔で話す2人。なぜ? さっきの失態が無かったかのように話している。 「あ! ちなみに彼、ジェイクなんだよ!」  ちょ言うなよそれ、資格ないんだから!! 「え!? ほんとですか!?」 「うーんと……まぁ、微妙な感じっすけど」  目線を外し、濁す俺。瞳を輝かせて、満面の笑みを浮かべるマリンちゃん。彼女の周りに星が散らばって見える。錯覚か? 「じゃあワシは行くよ! ケンシロウ君は休んでて良いからね! マリンちゃんの分の野菜は取っておくよ!」 「ちゃっす」 「いいんですか!? ありがとうございます!」  ダッジさんはリアカーを置いた町入り口の広場へ向かって行った。  マリンちゃんと2人きり。正直まだ気まずい……。 「ケンシロウさん! こっちどうぞ!」 「あ、はい」  俺に振り返りながら手招きするその姿は、もう誘っているとしか思えない。  ダメだ。そのお尻のラインがエロ過ぎて、ぶち込むことしか頭が働かない。俺の心は……トイレのタンクに入った雑水。    倉庫の横にある、小さな小屋が事務所らしい。さすがにこの町のジェイクとやらが建てたんだろう。ツッコミ所は多いが、それなりには出来ていた。  引戸を開けて中に入ると、そこは6畳の板の間(一般的な洋室)だった。  外より階段一段分くらい床が高くなっており、奥の隅にある事務机には、書類が整理して置いてある。真ん中には、足の短い小さなテーブルがちょこんと居座る。……そしていい匂い。これもうマリンちゃんが芳香剤になってるわ。  靴を脱いでお邪魔します。やっぱ靴脱ぐ習慣あるじゃん。 「どうしよう……。横になりたいですよね?」 「あ、でも寝たら邪魔じゃないっすか?」 「ううん! 大丈夫ですよ! でも、いま枕とかないの……」  枕とかいらん。俺は現場で昼休みに飯食ったら昼寝するが、枕なしでも全然寝れる術を身につけている。 「あの……私の膝枕でもいいですか?」 「……」  一瞬で凍りつく俺。今なんて? 「やっぱり嫌ですよね! 枕、家から持ってきます!」  事務所を出ようとするマリンちゃん。 「待って!! 膝枕で十分です」  正確には膝枕。 「ほんと? 良かった」  え? なんなのこの子。こういう子が1番何考えているか読めない。思わせぶりなことして、こっちが誘うと全くそんな気ない的な子がたまにいる。  小悪魔。世間ではそう呼ばれる子がいる。でも、マリンちゃんが小賢しいマネするとは思えん。いや、思いたくないでござる。 「どうぞ!」  正座したマリンちゃんが、ニコッと笑う。もう今日死んでいいよ俺。 「し、失礼します」  俺はしゃがみ込んで、横になろうとした。 「あ、向き違いますよ!」  ん? こうじゃないと? 「縦のほうが、頭乗せやすくないですか?」  なるほど……。 「こうですか?」 「そうそう!」  ……おいおいおいおい。今までの膝枕は何だったんだ。揃えた太ももに対して、良くやる膝枕は直行型。今の体勢は平行型と言えばいいのか。  頭の座りが全然違う。超安定する。そして、マリンちゃんの太ももの温もりが直に首後ろへと伝わる。  あったか~い。ふ、ふともも……やわらか~い。ここは雲の上かな?  目を薄く開けると、豊満な下乳越しに見える微笑んだ女神。  「天国」  それ以外、俺の頭の辞典に表現できる言葉はない。  すると、引戸を開く音が聞こえた。まだ、膝枕開始から10秒しか経っていないのに、びっくりして俺は飛び起きる。 「おつかれ~す」  おつかれ~すじゃねぇ!! 誰だお前は!? しかし、入ってきた男の顔を見て目を疑った。込み上げる殺意が一気に冷める。 「……淳か?」 ◆
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