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9.んー、クリオネかな?
「何やってんだ? こんなところで」
「え? 何って仕事ですけど……」
事務所に入ってきた男は、どう見ても淳だ。顔は爽やかなジャニ系のイケメン。黒い短髪に、おでこ全開。ちょと小さい167センチ。全部一緒!!
マジで何やってんだ? 頭の中にドッキリ説が一瞬蘇るが、やっぱり淳がこの世界に来たと考えるのが妥当。
「アムロ君を知ってるんですか?」
背後から、きゃわいい声が聞こえる。正座を崩した姿勢で、俺を見上げるキョトン顔のマリンちゃん。
く……なんでスマホねぇんだよ!! ん、アムロ君?
「え? いや、こいつは淳って奴で俺の後輩なんだ」
しれっとタメ口で返す俺。自然に距離を詰めるのが大事。
「俺はあんたなんか知らない。誰ですか?」
「は? 何言ってんだお前」
「だから! 俺の名前はアムロで、あんたの後輩でも何でもないんですよ! って言うかマリンちゃんから離れて下さい!」
そういうと、淳(アムロ?)は俺とマリンちゃんの間に入り込んだ。
この野郎。俺とマリンちゃんの至福タイム妨害しといて、さらに三文芝居まで打ってやがる。マリンちゃんが居なかったら、頭カチ割れるほどのバックドロップ炸裂してたわ。
「アムロ君。ほんとにケンシロウさんのこと知らないの?」
「ケンシロウさん? うん、知らない。初めて見たよ」
「……そうなんだ」
少し寂しそうな表情に変わっていくマリンちゃん。どうなってんだ? 頭の糖分が無さ過ぎて、状況を把握出来ない。
「いや、そんなはずはな……」
俺は言葉に詰まった。見つけてしまった。こいつが、淳じゃないと確信する部分を。……あそこにホクロがない。
淳には、右目の下にホクロがあった。自分では「チャームポイントっす」とかイタい勘違いで気に入っていたから、除去するとは思えん。こいつは……アムロなのか……。
しかも、このアムロがマリンちゃんを守り、その後ろで俺から視線を逸らす彼女。
なんだよ。出来てたんかこの2人。俺と2人の間に、見えない分厚い壁を感じる。急に胸が締め付けられる。これは失恋とか、そんなもんじゃない。
圧倒的な孤独感だな。アムロからすれば俺は、恋人を取ろうとした天敵。マリンちゃんから見た俺は、ド変態の嘘付き野郎。弁解のしようがない。
結局マリンちゃんは、小悪魔だったわけだ。高給のジェイクに、媚び売ってたんだな。もう……なんかどうでもいいや。
「……ごめん、俺の人違いだわ。邪魔したね」
苦笑いの俺。そのまま足袋を履こうとした。
「え!? ちょ、ケンシロウさん!?」
「いいよマリンちゃん。この人もう帰るんでしょ?」
俺は振り返らず、事務所を出た。
地味に我慢していた小便。近くにあった公衆便所に入ると、男用便器が5つくらい並んでいた。もちろん木製。全部空いていて、1番右で用をたす。
「はぁ……」
失望と、小便の開放感が入り混じるため息。すると、俺のすぐ左隣に誰か来た。意味がわからん。なんで他が空いてるのに、あえて隣くるの?
俺の顔が、そいつの反対を向く。
「あんた、材木屋から出てきただろ?」
ん?
「お前に言ってんだよ」
ゆっくり振り向くと、そこには身長160センチくらいの、ブタ顔の男が小便をしていた。俺の身長は178センチ。この男がめっちゃ小さく感じる。
「みねぇ顔だが、マリンちゃんと何話してたんだよ?」
あぁ、そういう感じか。マリンちゃんに、手ぇ出すなってやつだろ。最悪なタイミングで絡まれたな。そーと、ブタ野郎のあれを覗く。
んー、クリオネかな?
「マリンちゃんは俺の許嫁だからよ。あんま近寄んな」
はいはい。いいから、その南極の天使を早くしまえ。同じ男として情けない。
「聞いてんのかこら」
聞いてねぇよ。ミンチにして出荷すんぞ。
「なんだお前のその服? イケてると思ってんの?」
あーうるっせぇ。俺はブタ野郎を、完全に無視して立ち去ろうとした。
「シカトこいてんじゃねぇ!!」
ブタ野郎が俺のケツに、まぁまぁいい蹴りを入れる。
その瞬間、頭の血管が100本くらい切れた。俺は振り向きざまに一歩踏み込み、渾身の力でブタ野郎にミドルキックした。技名は「ハンムラビ法典キック」です。
「ひでぶ!!」
どっかで聞いたことのある断末魔を上げて、ブタ野郎はうずくまって悶絶した。
なんか洒落た捨て台詞でも吐こうか、迷ったけど……やめた。そんな気分になれなかった。全然気持ちは晴れない。
表に出て、ぼーとする俺。1人カラオケで……モンパチ熱唱したいっす。
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