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そうだ。
ミラベルはオリビアの身体を奪おうとしていた。
自分の魔力を移す時に、まさか鱗を……?
私が覚醒してからのオリビアの記憶が、脳裏に過る。
まるで走馬灯だ。
やっぱりあの世逝きか。
いや、まだ死ぬわけにはいかない。せっかくここまで来たのだ、振り出しに戻るわけにはいかぬ。
よし仕方ない、一か八かだ。筋力の限界を魔力で突破するなんて心外だが。
背に腹はかえられぬ。
覚悟して目を閉じたその時、身体の奥から熱い何かが込み上げてくるのを感じた。
あちらこちらからパキパキと音がする。
バリン、と音がしたので目を開けると、端にあった大きな氷が割れて溶け始めている。心なしか部屋の温度が上がったのでほっとした。
目の前の巨人を振り向くと、彼の眉間から皺が消えている。
「貴方は……ミラベルから鱗を与えられたと」
「また頭の中を見たのだな、他人の下着を覗くような行為は止めた方が良いぞ」
今度は私が眉間に皺を寄せながら言うが、グラ様はどこ吹く風で訊いてきた。
「ミラベルは、死んだのか」
その表情から感情は読み取れない。
「それは私も知りたい」
「貴方は何者だ」
「私はオリバー・ハンター。兄貴2人と猟をしながら生きている」
「なぜ狩人にミラベルが鱗を与える? しかも貴方の記憶の一番最初はミラベル。牢獄に繋がれた貴方と魔女が対面するところからだ。なぜ貴方は囚われた? それより前の記憶は消されたのか? 兄2人というのは本当に兄なのか? 貴方は魔女に操られる人形なのでは?」
グラ様は質問を連発しながら一歩前へ進んだ。だから頭の中勝手に詮索するなんて止めようって言ってるじゃん。趣味が悪すぎるぜ兄貴。
辺りを見回すと、部屋の氷のほとんどがなくなっていた。もとから銀や白の家具ばかりだったようで、色味自体に変化はないが。部屋の壁は全面本棚で覆われ、あちらこちらに豪華な椅子が置いてある。ここは彼の書斎だったのだろうか。
「余所見するな」
次の瞬間、グラ様が手を出す。
私の顎を掴もうとしたらしいが、そうはさせない。
顎クイなんて格好付けたことはさせない。
素早く手刀で出て来た手を払いのけ、後退る。振動で被っていたハンチング帽が落ち、髪の毛がばさばさっと落ちてしまった。おかしいな、朝ちゃんとウィリアムが結ってくれたはずなのに。
私はグラ様を見上げ、首を傾げて見せる。
「それが人にものを訊く態度か?」
手持ち無沙汰だったので、扉の近くに残っていた大きな氷を取って掌で燃やしてみた。
うむ、ミラベルの魔力って恐ろしい。
一瞬で消えたよ氷。
「私の願いはただ1つ。サンライト王国復興に力を貸してほしい。カールが王座についた暁には鱗を返すとしよう。国王の姉、女王イグニース・ドラコーへ」
もう一度見上げたグラ様の目には、多分、困惑が浮かんでいた。
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