第6話 髪の毛交換って何

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「ようやく、お気づきですかな」  コンさんの穏やかな物言いに頷く。  空のコップを載せた銀盆を振り向き、指差す。 「まさか……この水が、」 「ええ。陛下の水魔法によるものです。貴方様の魔力暴発を防ぐための、陛下のお心遣いでございます」 「……そうだったのか……」  私は胃がキリキリと痛むのを感じた。  だから嫌だった。  魔力を顕現させるなんて面倒だ。  誰かに頼らなければ、この世界で生きていけなくなる。  今だって、そう。  ほとんど初対面のグラ様の慈悲で生きている。  体内に彼の力を取り込んで、獣を静めているのだ。  ミラベルにはグラ様がいなかった。  だから孤独に閉じこもり、生きることを選んだ。  そんなことになるなら、魔力など望まなければ良かったのに。  けれど、彼女は魔力を望み、ドラゴンを欺いたのだ。  だから、私はクウェイモ(鱗持ち)として存在する。  今、ここに。 「オリバー様?」  コンさんの声に、我に返る。  そうだ、訊きたいことがあるんだった。  グラ様の方はどうやって、水魔力を抑制しているのか。  少し考えて、また、気づいた。 「まさか……あの髪の毛が?」  私が勢いよく振り向くと、コンさんはちょっと驚いた顔になった。 「ご承知の上で……お切りになったのでは?」 「何も知りませんでした」  思わず敬語になってしまう。 「クウェイモ(鱗持ち)の魔力は髪にも宿るそうでございます。陛下はあれから片時も離さず貴方様の御髪(みぐし)をお持ちになっていらっしゃいますよ。その効果はてきめんで、国の会議でも文字通り場を凍らせることはなくなり、大臣どもは安心して意見を述べるようになりました」 「……国王は今まで会議に出なかったと?」 「いいえ、書斎からのご出席でございました。遠隔魔法で鏡を操り、」 「門のところにもあるあれか」 「ええ。あの鏡は映るもの、聞こえる音を全て拾って書斎の鏡に送る仕組みになっておりまして。門にはクウェイモの侵入をいち早く察知するために鏡を置いております。クウェイモを判断できるのは同じくクウェイモだけ……というわけで陛下直々に判断されていらっしゃるのですよ。何でも、瞳に虹が見えるのだとか……、」 「なるほど……そういうことだったのか」  グラ様の目に虹が見えるのはそのためなのか。私は頷きながらも、こっぱずかしい気持ちに苛まれた。他人様が私の髪を持っているなんて……せめて毎日身体を洗うべきだったなぁ。  今、私はきっと苦虫を噛みつぶしたような顔をしている。 「陛下、」  また、コンさんの声で我に返った。  いつの間にか、私の隣で壁に背を向けるコンさんの前にグラ様が立っていた。もう分厚いコートは着ていない。なぜか(以前愛子に強制的に読まされた漫画)テル○エ・ロマエみたいな古代ローマ人風の服だ。大きな白い布1枚を巻き付けたような服の上から、薄青に輝く銀の布を肩から引っかけている。  おかしいな。巷ではサンライト・ムーンライトと特に変わらない服装が主流なのに。コンさんの執事服だってムーンライトでウィリアムが着ていたのとほとんど同じなのに。  英国風と古代ローマ風が同時に存在するってどういうこと? 「確かに我が国はかつてのサンライト王国から建築・服飾文化を吸収している。しかし公式の場ではこれが正装。我が国独自の文化を大切にしようという大臣どもの心意気を買っているのだ」 「なるほど……って、」  私は当たり前のように答えるグラ様を凝視した。 「今は書斎の外だ。それなのに何で頭の中を読めるんだ?」
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