第二話

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第二話

 既に多くの人たちが集まっていた。ざっと見回して、水の人と陸の人は半々といったところだ。水の人は水中で呼吸するために耳が極端に大きく、えらがはっているので、陸の人との違いがすぐにわかる。僕の耳は中でもかなり大きく、よく「立派な耳ですね」と褒められる。比べてみると陸の人は耳が本当に小さい。陸の人を見ると僕などは(なんて苦しそうな耳だろう)と勝手に心配してしまうのだが、そもそも陸の人は水中呼吸が苦手だから陸にいるのだ。水に適応して進化してきた人間には水中呼吸が得意な遺伝子と苦手な遺伝子があるから、生まれながらのもので自分の責任ではない。与えられた環境的なものだ。陸の人もだいたい水中呼吸はできるが、なかなか性に合うことがないらしく、近代に入ってからは陸の人が水中に移住してくる確率は極端に低くなった。  周囲に知り合いがいなかったので、黙って適当な空席を見つけて座る。すると「お隣り、いいですか」と女性の声がした。見上げると、陸の人だった。「どうぞ」と言うと彼女は「ありがとうございます」と呟いて腰かけた。 「立派な耳ですね。そこまで大きいかたは初めてお目にかかりました」  やっぱり言われた。聞き飽きたセリフだが僕は慣れていた。 「ええ、まあ。わりと古い家系なので」 「私の家は陸の人しかいないから水の人が羨ましいです。陸地、最近どんどん暑くなってますからね」 「水中呼吸は苦手なんですか」 「私、得意ですよ。でも私以外は家族親戚みんな苦手なんですよ。私、突然変異みたいで、水中呼吸が得意です。ほら」  そう言って、彼女は僕に耳を見せてくれた。陸の人にしては、かなり大きい。えらは普通だが、この耳なら水中生活に問題はなさそうだ。彼女のような突然変異は珍しいことではなく、時折起こる現象らしい。 「ご自身が突然変異だから研究を始めたんですか」 「そうなんですよ。高校時代の先生が、その耳を活かさないのはもったいないし、これから私みたいな陸の人が増えてくるだろうから、研究の道へ進めって言われて」 「確かに少しずつ増えてますからね。激変する地球環境に適応するには、増えてくれないと困るくらいですから。あ、僕、深水大の内田っていいます」 「あっ、うっかり自己紹介もせずに。東大でやってます、牧野です。深水の院なんて、エリートですね」 「牧野さんこそエリートですよ」  僕は牧野さんと、なんとなく気が合った。牧野さんは背が低くて丸っこく、アニメの声優みたいなきれいな声をしていたが、本人はアニメをほとんど見ないと言う。研究者よりも声優になったほうが儲かりそうだと想像してしまうほどのかわいらしい声だった。
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