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第三話
水中呼吸が得意な牧野さんは、水日本側の学会にもよく来ていた。来週、深水大学で開催される水陸呼吸学会にも出席するとメッセージがあったので、僕は彼女と飲みに行く約束をした。牧野さんが行きたいという居酒屋があったので、ネットで予約しておいた。かなり深い、街の奥まったところにある居酒屋で、僕も行ったことがない。彼女は水日本観光用のグルメサイトに掲載されているのを見て、その店を知ったと言っていた。食いしん坊だから刺身がたくさん食べたいそうだ。
学会が終わって居酒屋へ行くと、牧野さんは猛烈な勢いで食べて飲んだ。食いしん坊の飲兵衛だった。かわいいアニメ声で研究室の人たちの噂話を楽しみながら、これ以上ないというくらい刺身を食べていた。「やっぱり水日本のお刺身、新鮮さが違いますね」と喜んでいたので、僕は気分がよくなったし、嬉しかった。彼女がアニメ声で笑うのを聞くのが、すっかり楽しみになってしまった。
いつの間にか僕らは、好き合うようになった。水の人と陸の人が恋人同士になるのは、おそらくかなり珍しい。そういう組み合わせがないわけではないが、だいたい長続きしないのだ。結婚しても離婚してしまうデータが多い。けれどもそのデータについてはあまり考えないようにした。
僕らは学会で会うついでにデートをしたが、学会以外でもがんばって会うようにしていた。陸の映画館で観た昔の映画『グラン・ブルー』には感動してしまった。どうして水日本でこの映画が配信されていないのか、僕には謎だった。見飽きているのかもしれない。陸地では今でも人気のある映画で、リバイバルのたびに行列ができるらしい。水日本で穴場になっている博物館に彼女を連れて行ったら、彼女はとても感激していた。生きた三葉虫を見せることができて、本当によかった。陸地の研究では絶滅したと言われていた生き物だが、水中生活を始めた人間たちは長い時間をかけてたくさんの「生きた化石」を見出した。あまり水中に来ない陸の人はそれらをテレビでしか見ることがないので、たまに見られると感激するらしい。
陸の突然変異である牧野さんは水中呼吸法が本当に得意だったが、水の人としての遺伝子が強い僕は陸の呼吸が苦手だった。僕は少しずつ牧野さんとの結婚を考え始めていたのだが、どうすれば二人の生活を長続きさせることができるだろうかと思うと、不安が強くなった。牧野さんに水日本へ引っ越してもらうのが順当なところだが、彼女に陸地の東大まで日々通わせるのは長距離で困難だ。逆に僕が陸に住んでしまうと、恐らく寿命が縮んでしまうだろう。研究データとしてわかっていることだが、遺伝的に耳が大きい人は陸での呼吸法がだいたい下手で、長く陸にいると早死にする可能性があるのだ。こういうハードルが様々にあるので、水の人と陸の人のカップルは長く続かないし、家族から反対を受けることのほうが通常だった。
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