壱 かむくらの社

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この人が、と顔を見つめる。 「あの……もしかして、私と会ったことがありますか?」 禄輪さんは少し驚いた顔をした。 「覚えてくれてたのか? 最後に会ったのは巫寿が3歳の時だったから、すっかり忘れていると思っていたんだが」 「あ、あの……ごめんなさい。ちゃんとは覚えていなくて、何となく、そんな気がして」 申し訳ない気持ちで正直に伝えると、禄輪さんは気にする様子もなく「そうかそうか」と破顔した。 「聞きたいことが山ほどあるだろう。でもその前に朝拝を済ませよう。無断でこの屋敷を借りるわけにもいかないからな。巫寿もそこに座りなさい」 言われるまま、禄輪さんの斜め後ろに腰を下ろす。 本殿の床は氷のように冷たくて背筋がすっと伸びる。 禄輪さんが神殿のロウソクに火を灯し、姿勢を正してその前に座る。 深く頭を下げて手をパン!と打った瞬間、その場の空気がガラリと変わった気がした。 「高天原に神留り坐す 皇親神漏岐神漏美の命以ちて────」 鼓膜を震わす心地よい声色。固くなっていた体を解すように、空気に溶けて優しく包み込む。 目を閉じてその声に聞き入った。
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