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映画の後、少し休憩すべくカフェに入った。
裕介がブレンドコーヒーを頼もうとするので、胃に優しいカモミールティーを勧めた。ついでに俺も同じものにする。
「映画どうだった?」
「うん、やっぱり写真家だから撮り方がちょっと独特。色が綺麗で良かったよ」
「そう、じゃ、あの映画にして良かったな」
「ありがとね」
にこっと笑うと、ほっとしたみたいに微笑まれた。
「……よかった」
「え、なにが?」
隣のビルに反射した陽光が間接的に窓から店内に入る。
ちょうど俺の後ろに光が差し込んで、眩しいのか裕介は目を細めた。
「悟がやっと笑った」
虚を突かれて、俺は言葉を失った。
「ずっと忙しくて、すれ違いばっかりでごめんな。一段落ついたから、これまでより少しは早く帰れたりできるんじゃないかと思う」
仕事がハードで体力的にも厳しくて、疲れてるのは自分の方なのに、俺のこと?
なのに俺は何をした? 笑ってなかった? 人の鞄を勝手に開けて心配したり、最低過ぎる。
「俺は芸術的センスは皆無だから、俺と居ても物足りないかも知れないけど、……」
「ばか。……何言ってんの」
そこへ、カモミールティーが運ばれてきて、会話が中断する。
店員が、眩しいことに気がつき、隣の窓のロールカーテンを少し下げた。
「これからもよろしくな。なんて、映画見に来て、隣でガーガー寝てて、どの口が言うって感じだけど」
くすくす笑い出すのに、俺は首を横に振った。
「俺の方も、色々至らなくてごめん」
そんな言葉では到底足りないけど、なんて言えばいいのか分からなかった。
「それで、これ」
裕介がバッグから取り出し、テーブルの上に置いたのは、あの時見たのと同じ、紺色の包装紙に銀のリボンがかかった箱だった。
「……これ、は?」
「さっきも言ったけど、仕事が一段落したから自分への御褒美にクレドールの財布を買ったんだ。映画の券を買う時に見られちゃって、ちょっと決まりが悪かったんだけどさ。それで、もうずっと悟にもいやな思いをたくさんさせてるんだろうなって思って、良かったら使って」
俺へのプレゼントだったってこと?
箱を見下ろして呆然としている俺に、裕介は勘違いをしたのか、慌てて手を振った。
「あ、俺のとお揃いってわけじゃないから。色も柄も違うし。だから気兼ねなく、……余計だったか?」
「……え?」
「クレドール、好きじゃなかったか?」
心配そうに俺の顔を覗き込んで来る。
「違うよ、びっくりして、反応できなく……」
突然、喉が詰まった。こんなに人がいるところで、泣くわけに行かない。
嬉しいのと、申し訳ないのと、自分を責める気持ちと、いろいろな感情が混ざって混乱を来していた。
でも、これだけは言わなくては。
俺は、涙のせいで歪んで見える裕介の気遣わしげな顔に、笑いかけた。
「ほんとに、ありがとう。大事にする」
喉が詰まって発声が切れ切れになってしまう。こんなんじゃ気持ちが伝わらない。
すると、不意に手が伸ばされ、髪をくしゃっとされた。
「家で渡せばよかったね」
そんなことを言うから、俺はますますみっともない、泣き笑いみたいな表情になってしまうのだった。
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