綿埃

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 里帆の家を出てから僕はそのまま家に帰り風呂に入って寝た。 翌日の仕事もいつも通りに過ごした。里帆といたときの時間に浸る暇もなく日常は、現実はいつも通りにやってくる。明日の仕事に備え僕はきっちり10:00に眠りについた。    アラームに起こされるまでもなく僕は7:00に目が覚めた。 布団から起き上がり僕は目玉焼きとトーストを準備した。 机に食材を運ぶときに二人分の朝食を作ってしまったことに気がついた。 仕方がないので残りは夜ご飯に食べることに決めた。    仕事をしている際に容赦なくセルを結合しているExcelの資料を見つけ僕は里帆に初めてExcelの使い方を教えたのを思い出した。今では立派に自分の研究データをまとめられるようになってたな。なんてことを考えていたら仕事は捗らなかった。    昼休憩の間に僕はコンビニに向かった。弁当のコーナーを覗くと唐揚げ弁当やハンバーグ弁当が目に入った。 (里帆はこういったものはあまり好きではなかったな) 思わずそう心の中で呟いてしまった。 里帆は学食やコンビニの濃い味付けのものがあまり好きではなく弁当を毎日持参するようなマメな女の子だった。  仕事終わりに喫煙所に向かったら同僚に珍しがられた。 たしかに今までは里帆に会うときには吸わないように気をつけていた。 そう思い返すと会社でタバコを吸うことはほとんどなかったことを思いだした。  部屋に帰ると靴箱の上に、テレビに、タンスに、いたるところに埃が降り積もっていた。埃というのは一体どこから湧くのだろう。それだけでは目に見えないのに知らず知らずのうちに部屋の中を白く曇らせる。さっと雑巾で部屋を拭き上げた際に日常に降り積もった里帆との生活を思い出す。  仕事場にも、コンビニにも、タバコを吸うときも、いつだって里帆が思い出となってそばにいた。里帆と出会ってからほとんど帰らなかったこの部屋に降り積もった綿埃が僕が里帆をずっと愛していた一番の証拠だった。  いつだって言葉が足りなかった。付き合っている時も。別れ際さえも。無愛想で自分のことを語りたがらない僕を 「多くを語らないのは思慮深い証拠だよ」 と認めてくれた里帆のことを本当に僕は愛していたのに。  いつから僕は里帆に好きだと直接伝えられなくなったのだろう。 里帆のもとに僕の言葉はいくつ降り積もっていたのだろう。 いつから僕は里穂に不安を降り積もらせていたんだろう。 僕のちっぽけで情けない悔恨が心に降り積もっていくことだけを感じる。 「不安にさせてごめんね。愛しているよ。」 そう呟くと拭き残した机の埃がふわっと舞った。
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