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その姿にしばし見とれてその場に立ち尽くした僕のところに、その人の方から歩み寄ってきてくれた。そして肩からかけたバッグに手を入れると、手にしたスマホを僕へと差し出す。
「冠城くんだよね?もうスマホ忘れちゃダメだよ」
そう言って差し出されたスマホ。けれど僕はその人の手を握り、気が付くと自分でも驚く言葉を吐いていた。
「僕と付き合ってください」
きょとんとするその人の大きな瞳。その瞳を見て、自分の言動に驚く自分。
な、何を言ってるんだ!?
焦って握った手を離し、思わずその場から逃げようとした僕のジャケットの裾をぐいっと掴んだその人は、僕の手にスマホを握らせ、フワッと目を細めて笑った。
「お友達からなら。まずはこのスマホの番号教えてよ」
そう言って僕に握らせたスマホをちょんちょんとつついた。
その時になって初めて、僕はこの人が僕のスマホを拾ってくれた『天月真琴』だと気が付いた。そしてその時の真琴の、少し恥ずかしそうに頬を染めた笑顔は、今も忘れられずに僕の心の中にある。
そしてそこから、僕達は始まった。
僕達はそこで初めて対面での自己紹介をし、スマホの番号とメッセージアプリのIDを交換した。
そしてその自己紹介でようやく真琴が男の子であることが分かり、香りからオメガであることも分かった。
そしておそらく、僕がアルファであることも分かっただろうけど、真琴は僕に警戒することも媚びることも無く、本当に普通の友人として接してくれた。そんな真琴が、友人から本当に恋人になってくれるまで、そう時間はかからなかった。
見かけによらず、真琴の性格はさっぱりしている上に、一人称も『オレ』だった。
見た目からは大人しくて控えめで、どちらかと言うと女の子みたいな感じだけど、中身は完全に男の子だった。下手したら僕よりも男前かもしれない。
そんな見た目とのギャップにますます僕の思いは膨らみ、もう『好き』という言葉だけでは足りないくらい真琴が好きなってしまった僕は、それはそれは猛アタックを繰り広げ、あの初対面での告白から僅か2週間で恋人に昇格したのだ。
そのきっかけは真琴の発情期だった。
そろそろ発情期が来るからしばらく連絡できないと言った真琴に、僕は事もあろうにその発情期を一緒に過ごしたいと申し出たのだ。
それまで挫折を知らない怖いもの知らずと言うか、はたまた世間知らずと言うか・・・とにかく、その時の僕はただただ好きなオメガの発情期を共に過ごしたいという一心だけだった。今にして思えば、なんて恥知らずで厚かましいお願いだったのかと思う。いつ思い返してもそのイタイ申し出に、頭を抱えてしまいたくなるほど恥ずかしい。だけどなぜかその時の真琴は、そんな失礼な申し出を受けてくれたのだ。
『だけど、発情期のオレを見たら冠城くん、オレを嫌いになるかもよ?』
真琴は、そのちょっといたずらっ子のような、けれどその裏に少しの怯えを隠したような表情でそう言った。
その時はそんなことにはならないよ、なんて笑って答えたけれど、実際に発情期に入ると、真琴のその言葉の意味が分かった。
何か起こっては真琴を困らせる。
そう思って事前にピルを飲んでもらって、発情期が来るのを二人でまったりお茶をしながら待っていると、次第に真琴の香りが変わり始め、目が潤んでくる。そしてちょっと息が苦しくなって来たところで、僕はベッドに誘われる。
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