19人が本棚に入れています
本棚に追加
「素敵な写真ですね。問題は、あなたの消したい過去の出来事と釣り合うかどうかですね。どんな過去の記憶を消したいのですか?」
「それは……」
男は不安げに、クロード・モネのほうをちらっと見た。クロード・モネは、背を反らして向こうを向いたままである。
男は名刺を取り出すと、六三郎に向けてテーブルの上に置いた。北栄建設 土地活用部門係長 中田洋平、と書いてある。
「実は、僕はハウスメーカーの土地活用部門というところで働いていまして。地主さんのところへ通い、土地の活用方法をご提案するのが仕事なのです。
大地主は信用した人間にしか土地を売りませんからね。人間関係がとても重要な仕事なのです。
得意先に足しげく通い、なんでもお手伝いしながら、信用を得ていくのです。年月のうんとかかる地道な仕事です。
それで、つい先日のことなんですが……」
中田洋平はクロード・モネをちらっと見たが、またしゃべりはじめた。
「ある地主さんのお宅の縁側で、その方と世間話をしておりました。たわいないおしゃべりも仕事のうちですからね。
そうしますと、急に夕立が降ってきました。地主さんは洗濯物が濡れてしまうと慌てていたので、取り込みを一緒にお手伝いしました。
すっかり服を取り込んで、雨が止むまでの間、洗濯物を畳みながらその方の娘さんの話を伺いました。年頃の娘さんにいいひとがいなくて困っていると。
そんなことまで話してくれるなんて、こころを開いてきてくれていると思いました。正直、うまくやったと思いました。
なのに……僕は最後の最後にミスをしてしまったんです」
中田は俯いて、鞄をぎゅっと抱きしめた。
「どんなミスをしてしまったんですか?」
六三郎が尋ねると、中田は
「それ、言わないとだめですか?」
と訊いてきた。六三郎はやれやれと思ったが
「おっしゃっていただかないと、こちらも消しようがありませんよ」
と言った。
「は、い。そうですよね。消しようがないですもんね」
中田は覚悟を決めたようであった。
最初のコメントを投稿しよう!