エピソード1 中田 洋平

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「しばらくすると、雨が止みました。さっきまでの大雨が嘘のように晴れ渡りました。  僕は言いました。『すっかり晴れてきましたね』と。そう言ったつもりでした。そう言ったつもりだったのに。  僕はついうっかり、『すっかりはげてきましたね』と言ってしまったんです。  その方は髪が薄くなっていて、それを大層気にしている様子でした。僕自身も、その方の禿げが気になって、つい口を滑らせたといった感が否めません。その方は大変ご立腹になり、すっかり嫌われてしまったのです」  クロード・モネは笑いを堪えきれなくなって、奥の部屋に引っ込んだ。六三郎はげんなりしてその様子を見やる。クロード・モネは本当に子供だな、などと思っている。少年の見た目は仮の姿に過ぎないというのに。 「つまり、『すっかりはげてきましたね』と言ってしまった記憶を消したいのですね。あなたからも、その地主さんからも」 「そう、そうなんです!」  中田は語気を強めた。  六三郎は優しく微笑み、 「それならできますよ。中田さんが持ってきた思い出とも釣り合いますし。思い出のほうも、共有した人間の記憶からもすべて消えてしまいますが、それでも構いませんか?」  と尋ねた。 「構いません。娘はもう自転車に乗れるんですから、記憶がなくても問題ないです」  中田洋平の顔に、笑顔と自信が伺えた。 「それでは、商談成立です」  六三郎が握手を求めると、中田は力強く応じた。 「では、写真は預からせていただきます。さっそく悪い記憶を消しましょう。おい、クロード・モネ!」  六三郎が呼びつけると、クロード・モネは 「はい! ただいま!」 と言って、銀のお盆を持って現れた。お盆の上には太めのろうそくとマッチが乗っている。お盆をテーブルの上に乗せるときに 「商談成立して良かったですね」  と、中田に言ったが、相変わらずにやにやしているので、六三郎はクロード・モネに早く戻るように目で合図した。  六三郎はろうそくに火を付けながら 「覚悟はいいですね」  と尋ねる。 「は、はい」  と答え、中田は神妙な顔をした。 「消したい過去を思い浮かべながら、ろうそくの炎を吹き消してください。過去の嫌な記憶が消えますから」 「それだけですか?」 「それだけです」  中田と六三郎の間で、ろうそくの炎が揺れている。  中田が覚悟を決めてろうそくの炎を吹き消すと、ろうそくは一瞬で真っ黒になり、粉々になって崩れ落ちた。  目の前で起こったことに、中田は声も出ずに驚いている。
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