エピソード1 中田 洋平

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「これで消えましたよ」  六三郎が言うと、 「これで、消えたんですか?」  と、中田は上ずった声で応えた。 「僕は記憶を消しにここにやってきたことを覚えていますよ?」  中田は不安げである。六三郎はにっこり笑って 「ほう。どんな記憶を消しにいらしたんですか?」  と尋ねた。中田ははっとした顔をして 「覚えてない!!」  と叫んだ。 「でも、持ってきた思い出のほうは覚えていますよ。美奈が初めて自転車に乗れた日のことだ」 「それはあとで、あなたが気づかないうちに私が消しておきますよ」  六三郎にとって思い出は宝物だ。あとでじっくり味わうことにしている。 「覚えてないからいまいちしゃっきりしないけど、これで僕は大丈夫なんですよね?」  中田の問いに 「さっきのあなたはそうおっしゃっていましたよ」  と笑顔で答えた。 「じゃあ、大丈夫だ! ほんとうにありがとうございました!」  中田は入ってきたときとは打って変わって、自信に満ち溢れた様子で立ち上がった。 「こちらこそ、ご利用ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」  六三郎は礼儀正しくお辞儀した。そして男は出て行った。ドアについたベルを鳴らして。
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