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「これで消えましたよ」
六三郎が言うと、
「これで、消えたんですか?」
と、中田は上ずった声で応えた。
「僕は記憶を消しにここにやってきたことを覚えていますよ?」
中田は不安げである。六三郎はにっこり笑って
「ほう。どんな記憶を消しにいらしたんですか?」
と尋ねた。中田ははっとした顔をして
「覚えてない!!」
と叫んだ。
「でも、持ってきた思い出のほうは覚えていますよ。美奈が初めて自転車に乗れた日のことだ」
「それはあとで、あなたが気づかないうちに私が消しておきますよ」
六三郎にとって思い出は宝物だ。あとでじっくり味わうことにしている。
「覚えてないからいまいちしゃっきりしないけど、これで僕は大丈夫なんですよね?」
中田の問いに
「さっきのあなたはそうおっしゃっていましたよ」
と笑顔で答えた。
「じゃあ、大丈夫だ! ほんとうにありがとうございました!」
中田は入ってきたときとは打って変わって、自信に満ち溢れた様子で立ち上がった。
「こちらこそ、ご利用ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
六三郎は礼儀正しくお辞儀した。そして男は出て行った。ドアについたベルを鳴らして。
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