画匠

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「こちらが先日お話しました『罪の女』でございます」  男は慎重な手付きで持参した絵を掲げた。  さっと前に立つ人々に緊張が走る。  絵を示す画商の目にもどこか思い詰めた光が宿った。 「素晴らしい!」  張り詰めた空気を()(がね)のような声が打ち破った。 「今まで目にしたどのフェルメールよりも傑出している」  鉤十字の軍服を纏った客は縦にも横にも巨大な体を震わせて笑った。  周囲の部下たちも一心に絵に見入っている。  画商は安堵した風な笑顔で語った。 「閣下のような芸術を深く理解され評価する目をお持ちの方にこそ渡すべき絵だと信じて本日はお持ちしました」  肥ったヘリング元帥は鷹揚に顎の二重になった顔を頷かせる。 「このオランダの至宝を(わし)のコレクションに加える」  絵を眺める征服者の目が希望そのもののように輝いた。 「独逸(くに)に戻ったら総統(フューラー)にもお目にかけよう!」
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