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歴史ファンタジー物語【右剣(ゆうけん)の少女】第一幕 雪の日
***
#シーン①
エフィム「ーーはあっ、はあっ、はあっ」
走る、走る、兄と少女。
深い深い、冬の森の中を。
前方は吹雪、後方は追っ手。
ただひたすら、生きるために、走る。
アンリ「あっ」
エフィム「アンリエット!」
幼い少女はつまづき、雪の上に倒れる。泣きそうな顔で手をついたまま、動こうとしない。
エフィム「アンリエット! 立つんだ、早く! 追いつかれてしまう!」
アンリ「走れないよぉ、お兄ちゃん……」
エフィム「くっ……」
兄は泣き出す少女を抱え上げ、走った。
しかし追っ手は、彼らのすぐ背後まで迫ってきている。
追手2「子供はどこだ! 二人いるはずだ。探せ!」
追手1「そっちへ行ったはずだ! 見つけ次第捕らえろ!」
追手1「いたぞ! こっちだ!」
エフィム「はぁ、はぁ、はぁ」
だんだんと吹雪が弱まり、視界が開ける。追手らは手に銃を構え、引き金を引いた。
追手2「撃て!」
鋭い銃撃音。服を切り裂き、肉を貫き、骨を砕く音。
エフィム「あぁっ! うぅ……」
兄は背中に銃弾を受け、雪の上へと倒れた。
アンリ「お兄ちゃん!」
エフィム「……生きろ、アンリエット……死ぬな……絶対に……アンリエット……」
呪文のように繰り返される兄の言葉。
足音が近い。もうだめだ。青年は絶望で青ざめる。
それでも、どうか、どうかこの子だけは助けたい。
青年は少女を、最後の力で抱きしめる。
エフィム「(絞り出すように)どうか神よ……この子だけは、どうか──」
兄は最後の力を振り絞り、少女を抱いたまま、崖下へと身を投げた──。
***
#シーン②
黒衣の男が、崖の上から雪の谷を覗き込む。
追手2「……落ちたか。(別の者に)おい、下に降りる道を探せ。生きているかはわからんが、とにかく連れ帰れという命令だからな。死んでいてもいい! 探して必ず見つけ出せ」
追手1「おい! 何故、銃を使った? 罪人といえど、軽率に殺すのは──」
追手2「何を言ってる? あのお方からの指示を忘れたか? 『捕らえよ、もし逃げたら──殺してでも連れ帰れ』そう言っていたはずだ」
追手1「──ああ、覚えてるさ。(独り言)だけどね……二人とも、まだほんの子供だったじゃないか」
黒衣の女も崖下を見下ろすが、また強まった吹雪で、子供の姿は見えない。彼らは踵を返し、部下とともに崖下への道を探した。
***
一方、兄は妹を守るように抱きしめたまま、雪の上に転がっていた。
アンリ「(泣きながら)お兄ちゃん……兄ちゃん……起きて……起きてよぉ……」
幼い少女は涙を滲ませ、何度も起こそうと揺さぶるが、兄は冷たくなったまま、僅かとも動かない。
アンリ「誰かぁ、お兄ちゃんを助けてぇ。お母さぁん、お父さぁん。誰もいないのぉ?」
泣きながら、少女は辺りを見回す。
その時だった──白い森の中から、一頭の狼がゆっくりと姿を表した。
アンリ「お、狼……?」
白銀の狼は一歩づつ、少女へと近づく。
アンリ「こ、こないで。こないで!」
少女は必死に兄にしがみつき、狼を追い払おうと、手近の雪を掴んで投げるが、相手は歩みを止めない。狼は兄の亡骸の傍らまで近づくと、その首元に噛み付いた。
アンリ「やだぁ、やだあ!! お兄ちゃんを離して!」
しかし、狼が噛んだのは兄の首ではなく、彼の血に染まった上着だった。そのまま、森の方へと引きずっていく。幼い少女はどうしようもなく、泣きながら兄の亡骸を追いかける。
すると、前方で何かがきらりと光った。
アンリ「やっ」
何かが少女の頬を掠め、雪の上に刺さった。見ると、それは一本の矢だった。
白銀の狼は、飛んできた矢に驚いたのか、亡骸から離れると、雪の森へ消えていった。
見計らうかのように、反対の森からフードを被った男が現れた。男はじっと森を見つめると、頭上に向かって呼びかけた。
モリス「リアム、降りてこい」
男の声を受けて、近くの木の上から、弓を背負った少年が降りてきた。
リアム「師匠」
モリス「……手遅れだ」
リアム「……くそっ」
青年の首に手を当てていた騎士の言葉に、少年は唇を噛む。
騎士の被るフードには、十字のマークが飾られている。この辺りを守る、騎士団の紋章である。
リアム「心臓を狙うべきだった」
モリス「いや、こいつの死因は銃弾だ」
リアム「銃弾? さっきの狼が襲ったんじゃないのか」
モリス「あれは神聖の森に住む聖獣だ。滅多に人を食わぬ」
リアム「じゃあ、その前に誰かが……酷い真似を……」
無数の弾痕に少年は眉を寄せる。騎士は黙って青年の体を起こした。
リアム「待って、師匠。この子………生きてる!」
青年の体の下からは、恐怖で声も出せずに泣いている少女が、横向きに倒れていた。
アンリ「ひっく……ひっく……おにいちゃ……ん」
まだ4歳か5歳くらいの、幼い子供だ。銀色の髪を三つ編みに下げ、すっぽりと帽子を深くかぶっている。男は、その小さな頭を、大きな手でそっと撫でた。
モリス「我々と一緒に来なさい。森を抜けた先に、ガルディア騎士団の修道院がある。そこにしばらく身を寄せるといい。お前の兄は私が背負って行こう」
アンリ「えっぐ、ひっぐ」
少女は答えることもなく、まだ頬を濡らして、しゃくりあげている。
男はなんとか少女を死体から剥がすと、少女を少年に任せて、彼は亡骸を担ぎ上げた。
モリス「早く森を抜けるぞ。リアム、その子の手を離すなよ」
リアム「わかってるよ」
少年は泣きじゃくる小さな手を握りしめ、男の後ろに続いた。
***
#シーン③
それから時は流れて、10年後──。
ガルディア騎士団の小さな居城の中庭で、15歳になった少女アンリエットが、剣の稽古をしていた。
相手をするのは、森の中で彼女を助けた騎士モリス。
アンリ「はっ! はあっ! はっ!」
アンリエットは髪を短く切り、男子の服を纏っている。名前もアンリエットからアンリと改めた。
幼子特有のふくよかだった頬は痩せ、体も引き締まり、眼光は鋭く、剣を片手に身軽に立ち回る。その姿は、一見すると少年のようにも見えた。
アンリ「はっ! ふんっ! はあっ!」
相手をする男も、10年を経て少し老けてはいたが、身のこなしはまだまだ彼女に引けを取っていない。ただ、少女にはハンデがある。右手を肩から失っており、剣を左手に構えていた。
モリス「体幹がぶれているぞ。もっと真っ直ぐに。そうだ」
片手で次々と攻撃する少女を、モリスはその屈強な体からは想像できない、俊敏な動きでさばいていく。
アンリ「くっ」
ついに、少女の手から剣が離れ、地面に転がった。
アンリ「はあ、はあ、……くっ!」
それでもなお臆することなく、少女は懐から短剣を抜き、再び男に突進していく。モリスはそれを軽く避け、彼女を地面へと転がした。
アンリ「うぅっ! ……ぐっ(立ち上がり突く)……ふっ!」
モリス「ふん(かわす)」
アンリ「はあっ……はあっ……はあっ……」
モリス「……もういいだろう、アンリ」
アンリ「まだだ。まだ私は戦える」
モリス「よかろう。望むなら何度でも転がしてやる」
アンリ「(力づくで押し切ろうとする)あああっ! (しかし、地面に転がされる)……ううっ」
モリス「倒れても倒れても、すぐに立ち上がるのは立派な心得だ。しかし、正面から何度来ようと、私には勝てぬぞ」
アンリ「(息を整える)ふぅ、ふぅ……ふー……(喉を抉ろうと飛びかかる)はぁっ!」
モリス「もっと学びなさい」
アンリの突き出した短剣は、モリスにはね落とされ、彼女と共に地面に転がった。
アンリ「(肩で息)はーっ、はーっ、……やはりモリスは強い……」
モリス「(静かに)お前がまだ未熟すぎるのだ」
その時、宿舎の方から少年が声をかけた。
リアム「(遠くから)おーい。二人とも、飯の時間だぞ〜。早く来ないと食っちまうぞ〜」
アンリは立ち上がって、服の埃を払う。
アンリ「……飯ならば、仕方ない。続きは明日だ、モリス」
二人は剣をしまうと、食堂へ向かって歩き出した。
#シーン④
修道院では、修道女が歴史の講義をしていた。
アンヌ「此地(このち)は、元は人間の立ち入らぬ神の楽園でした。周りを山で囲まれた、自然の城塞とも言える地形をしており、長くに渡り狼の姿をした山神が治める、未開の土地でした。わずかな人間、それも女性のみが立ち入ることが許され、狩猟を禁ずる代わりに、予知の力を得たのです。彼女たちは自然とともに共存して生きていました。──しかし、そこへ他の地から、進んだ文明を持った人間が移り住んできました。彼らは大きな争いに敗れ、安寧の住処を探し、此地へ辿り着いたのです。しかし、先住の民は彼らの居住を許しませんでした。彼らは対立し、やがて争いを生んだ。──長い戦いの末、両者は疲弊し、和解の道を選びました。先住の民は移住の民を認める代わりに、一番神聖なる森には立ち入らぬことを約束させました。そうして、友好の証として、それぞれの長が婚姻を結び、そして、新たな文明が此地に形成されたのです。そして──アンリ、起きなさい」
修道女が目を閉じて舟を漕いでいた少女に声をかけると、周りでどっと笑いが起きる。
エマ「アンリ。起きて。その姿勢で寝るなんて器用ね」
隣の少女エマが腕をゆすると、まっすぐ座った姿勢のまま、アンリはうすらと目を開いた。
アンヌ「毎日朝から遅くまで、剣の修練に励んでいるのは知っていますが、年長者が話をしている途中で寝るとは、礼儀を欠いた行いです。アンリ、目が覚めるまで、その場で立っていなさい。──こら! 立ったまま寝ない!」
アンリ「修道女アンヌの前置きが長いから……」
アンヌ「なにか?」
アンリ「いえ、何も」
アンヌ「さて──どこまで話しましたか」
リアム「アンリが起こされるとこまで」
アンヌ「リアム。あなたは黙ってなさい。誰です? あの子を中に入れたのは!」
リアム「戸が開いてたもんで。アンリを呼びにきたんだ」
アンヌ「まさか、ハクアの民の救援に同行するのじゃありませんね? まったく、なんてことでしょう。年頃の乙女が男性に混ざって戦に行くなんて!」
リアム「戦じゃなくて、聖地の保護と追いやられた者の救済、でしょ? それが騎士団の目的なのだから仕方ないさ。アンリ、師匠が部屋へ来いって」
アンリ「わかった」
アンヌ「(小声で)あなたがそそのかしたのでしょう。とんだ悪魔の子だわ……」
アンリは会釈をすると、リアムの方へ歩いて行った。
アンヌ「この度、王国がハクアの蜂起の鎮圧のため、兵を出されます。長くに渡り、ハクアの民は迫害されてきました。騎士団長マイルズ様は、ハクアの保護を目的として、騎士団を動かすことをお決めになったのです。さあ、救済を求める民と騎士団のために祈りましょう」
リアム「お祈り感謝します、修道女アンヌ」
アンヌ「あなたのために祈ってはいません! さっさとお行きなさい!」
#シーン⑤
彼女が騎士たちと行動を共にするようになったのは、ほんの少し前のこと。
それまでアンリは、騎士団の同じ領地にある修道院で生活していた。
修道女らが奉仕活動を行う中、アンリだけは騎士モリスの元へ通い、剣の稽古をつけてもらっていた。
宿舎のモリスの部屋へ入ると、主は戸口を振り返った
モリス「来たか。アンリ、話がある。この度のハクア救護にあたり、騎士団は新たに人員を増やすことを決めた」
リアム「つまり──」
モリス「アンリ、お前ももう15歳になるだろう。私は正式にお前を騎士に推薦しようと考えている」
アンリ「モリス」
リアム「やったじゃん、アンリ! これで堂々と剣を使えるぜ!」
モリス「ただし、騎士らの総意と団長の承認がなければ、入団は認められぬ。そのために、少々試験を受けなくてはならないだろう。心得ておきなさい」
アンリ「はい。騎士モリス、あなたの好意に感謝する」
***
その晩、アンリとリアムが宿舎を出て、裏庭を歩いていると、二人の元へ修道女見習いのエマが駆け寄ってきた。
エマ「アンリ! リアム! 聞いたわよ! アンリ、とうとう騎士団に入るんだって?」
アンリ「エマ」
リアム「おいおい、エマ。一体誰から聞いたんだ? まだ入るときまったわけじゃないぞ。それに、俺たちと喋っているところを見られたら、またあのおばさんに鞭で叩かれるぜ」
エマ「(大袈裟に)やだやだ! もー、修道女アンヌったら、リアムに『おはよう』って挨拶しただけで、『口をききましたね!』って叩くんだから。『目上の者を敬い、出会ったら挨拶しなさい』って教えたのは、あの人なのに!」
リアム「仕方ないよ。あのおばさん、俺のことを悪鬼かなんかだと、思い込んでいるんだからさ!」
アンリ「それはリアムが悪い。忘れたか? 3歳のエマを雪の中に放り投げたこと……」
リアム「あ……あれはエマが『投げろ、投げろ』って言うからやったんだよ。なのに、顔面から雪に突っ込んで、ギャンギャン泣き出して。お陰で俺は背中に教鞭を10回も食らった」
アンリ「食い逃げの件も」
リアム「アレだって! 金を払おうとした途端、エマが走ってどこかに行ってしまうから、捕まえようと追いかけたら、結果『食い逃げ』することになってしまったんだよ! 俺はちゃんと金を払うつもりだった」
エマ「あたしが悪いっていうの!?」
リアム「一方的に叱られる俺の身になれって言ってんだよ!」
アンリ「リアム、3歳の時のエマを責めてどうする。それからエマ、これからしばらくお互い会えないんだ、喧嘩したままでいいのか?」
リアム「そうだな」
エマ「ごめん」
エマ「でも、アンリは……アンリエットは女の子だけれど、認めてもらえるのかな」
リアム「ああ。前例のないことだっていうのは聞いている。だけど、アンリは小さい時からここにいて、剣もモリスに仕込んでもらった。決して他の騎士に劣ることはないさ。それに師匠が推薦したんだ。アンリは、十分な戦力になるって。だから、大丈夫だって」
エマは、アンリの右腕があった場所に触れた。
エマ「……アンリは強いよ。私のこと、助けてくれたもの。でも……これから先、それだけじゃ乗り越えられないこともあると思う。それでも、アンリは騎士になることを望むの?」
アンリは黙ったまま、エマの手を優しく握る。
アンリ「実のところ、私の中にも答えは未だない。この先どうなるのかもわからない。でも、私はここの人たちに助けてもらった。もちろん、エマにも。その恩を返すために、私は戦いたい」
エマ「そう……。わかった。アンリがそう強く願うのなら」
アンリ「うん」
エマはアンリの手を強く握り返した。
エマ「我が尊敬するアンリ。貴女に、どうか神の御加護があらんことを。……アンリの騎士姿、一番に見せてよね」
アンリ「うん。約束する」
リアム「俺の分は祈ってくれないのか? エマ」
エマ「あんたは騎士じゃないでしょ! 祈って欲しいなら、騎士団に入ればよかったのに。それに簡単に死なないって知ってるし!」
リアム「俺は師匠の使いぱしりで忙しーの!」
エマはおやすみを言うと、二人と別れた。そのまま、ぎゅっと手を握る。エマには見えていた。アンリの瞳の奥に灯る、仄暗い光を。
エマ「アンリ……貴女はたとえ騎士になったとしても、その時が来たら誓いを破る気でいるんでしょ。貴女が本当に望んでいること……それは王国への復讐なのだから」
一方でアンリは、自分の過去を見つめていた。
アンリ「目を閉じれば、今でも甦るあの雪の日。冷たい感触。
なぜ父は、母は、兄は殺されなければいけなかったのか。叛逆の罪で処刑されたと聞いたが、──何故。どうして。
──幸せだった世界を奪った奴らを、私は許さない。
いつか真相を暴く。そして、報いを受けさせる。
その方法はまだわからない。でも、騎士団に正式に入れば、領地の外や遠征に連れていってもらえる。
機会を見て、何か手がかりになるものを探せばいい。
家族を奪った悪い奴らは、私が……殺す」
アンリは暗い光と僅かな期待を胸に、剣のつかを握った。
#シーン⑥
あくる朝。
騎士団宿舎前の広場に、多くの人が集まった。
村人1「おい、騎士団様の中庭で、一体何が始まるってんだ?」
村人2「なんでも、騎士増員のために、有志を募ったらしい。それでこれから入団の儀式というわけさ」
修道女や周辺の村の者が見守る中、数人の騎士志願者が、騎士団長マイルズの前へ進み出た。
その中には、アンリの姿もあった。
マイルズ「それでは、これよりガルディア騎士団の入団の儀を始める。意志のあるものは前に進み出ると良い」
志願者「はっ! 私、マクシミリアン・ボナパルトは、騎士として忠誠を誓い、巡礼者や教徒を護り、戦場では一歩も引かずに勇敢に戦い抜くことを、ここに誓います!」
志願者「私、ハインリヒ・ミュラーは、清廉潔白誠実であり続け、騎士として忠義を貫くことを誓います」
そして、騎士たちからの一連の問答が終わると、最後に団員の印である十字が飾られたマントが団長の手から渡された。
レオナルド「さて、最後の志願者よ、前へ進み出なさい」
盲目の騎士、レオナルドがアンリに呼びかけた。アンリは形式通りに名乗りを上げる。
アンリ「私、アンリは騎士団の一員になるため、ここへ参上いたしました」
マイルズ「……アンリよ。騎士とは気高き誇りある男子こそが相応しいとされる。拾い子であり女でもあるお前に、それが務まると思うか」
クラウス「(小声で)マイルズ団長も意地悪をなさる。さっさと追い返した方が彼女の名誉も傷つくまい」
ルイス「(小声で)団長殿にも何かお考えがあるのだろう。でなければ……」
モリス「(咳払い)無用な発言は慎め」
クラウス・ルイス「はい……」
アンリ「私は騎士団に助けていただいた恩があります。それを、忠義にてお返ししたいと思い、志願しました。この身が男であろうと、女であろうと、その志が変わることはありません」
マイルズ「……よろしい。そなたの心意気はしかと受け止めた。同志らの意見が聞きたい」
バルザック「団長。私は反対です。騎士団の中に女などを入れることがあってはなりません。規律が乱れることになるでしょう」
クラウス「私も反対です」
ルイス「私も同じく」
ロズウェル「僕は賛成です。戦場に花があると、士気も上がるというものでしょう。かの乙女ジャンヌも、農夫の若き娘でありながら、騎士たちを勝利へ導きました。アンリには、僕たちに欠けているところで、力になってもらいたい」
レオナルド「同士モリス。貴殿からも意見を聞かせてもらえませんか」
モリス「アンリの出生は確かに騎士として相応しいものではない。しかし、アンリには揺るがぬ強さがある。私でも手に余るほどに。アンリには、ハクアの民の保護と救済に当たってもらいたい。それから──剣の腕に関しては、私が十分に教えこんだ。ここに参列するどの騎士にも引けを取らないだろう」
モリスの最後の言葉に、場はどよめいた。少女の剣の腕が騎士に匹敵するなど、あり得るわけがない、と。
クラウス「それは……持ち上げ過ぎというものだ騎士モリスよ。何故貴殿はそこまで……」
レオナルド「静粛に。よろしい。ではおひとつ提案しましょう。ここに参列する騎士の中から腕に自信があるものを選び、その者から勝利を得ることができたならば、アンリ、貴女を騎士団の一員として認めましょう」
騎士団一賢明と言われるレオナルドの言葉に、さらに広場は騒がしくなった。この場にいるのは、誰もが戦場をくぐり抜けた名だたる騎士だ。経験の浅い、片腕の少女が叶うはずがない、観客はそう口々に囁いた。
レオナルド「意義はありませんね? 同士モリス」
モリス「無論、意義はない」
バルザック「ならば、私がお相手いたそう」
名乗り出たのは騎士バルザックだった。彼は騎士団の中で、モリスの次に剣豪として讃えられる人物である。
マイルズ「では、時をあらためて、本日の正午より、この場所にてアンリの入団試合を設ける。双方、支度をしてくるように」
これにより、入団の儀は午後まで延期となった。
#シーン⑦
正午過ぎ、再び広場に観客が集まった。
騎士と少女の対決の噂が広まったのか、午前より野次馬は増えていた。
広場の中央には、剣を携えたバルザック、そして、軽装ながら防具を身につけたアンリの姿があった。
片腕のアンリに合わせてか、バルザック は盾を持っていなかった。
アンリ元にエマが小走りにやってきて、小さな包みをこっそり手渡した。
エマ「いよいよね、アンリ。これ、ちょっとした差し入れ。こっそりくすねてきたの」
アンリ「いけないよ、エマ。また修道女アンヌに怒られる」
エマ「だって、アンリには絶対に勝って欲しいもの! 食べて、少しでも体力をつけて」
アンリ「うん……心遣いありがとう」
エマ「頑張ってね、アンリ! 私、アンリのためにお祈りするから!」
そういうと、エマはパッと小鳥のように身を翻し、修道院の方へ戻っていった。リアムも近づいてきて、アンリに声をかける。
リアム「こうなるとは思ってなかったけれど……俺は、お前が勝つと信じている。しっかりやってこい」
アンリはそれに静かに頷く。
レオナルド「従者リアム。競技用の剣を2本、彼らに渡しなさい」
バルザック「お待ちを。試合は真剣で構わない」
モリス「いや、真剣はやめた方がいい」
バルザック「なに、手加減はするさ。貴殿の可愛い教え子に傷はつけまい」
モリス「そうではない。まさかお前はここで死にたいわけじゃなかろう」
バルザック「は……はは。では、貴殿は私があの小娘に負けるとでもお思いなのか! これは笑えるな! 同士よ、貴殿ほどではないにしても、私もいくらかは戦場を経験した騎士であるゆえ。どうかお気になさらず」
クラウス「同士バルザックよ。少女相手に真剣とは、流石に情けがないのではないか」(冷やかすように)
バルザック「はっは。こちらは見くびられているんだ。彼女の騎士に相応しい戦いぶりを、見てやろうじゃないか。ま、せいぜい真剣の重みに慄き、降参するのがオチだろうが……」
彼ご自慢の大剣を片手に、余裕満面のバルザック。対するアンリは、冷静にモリスの指導を思い出していた。
モリス「アンリ。私と稽古をするのとは訳が違う。絶対に相手を殺めてはなるまいぞ」
アンリ「……」
モリス「ただし、手は抜くな」
アンリ「勿論だ」
アンリが顔を上げると、バルザックが見せつけるように、大剣を振るった。
バルザック「アンリエット嬢。辞退するなら今のうちだぞ。怖気付いたとしても、誰もお前を笑うものはいまい」
アンリ「貴方は戦場でも、相手に剣を置くことを勧めるのか。それで百戦錬磨の騎士を名乗れるのであれば、飛んだ武勇を聞かされているものだ」
バルザック「口は達者なようだな。その片腕も口ほどに動けば良いのだが」
ロズウェル「2人とも、いいですか。……では、構えを。……はじめ!」
号令と共にアンリは動いた。一瞬で間合いを詰め、気付いた時にはバルザックの顔前に彼女の姿があった。少女の右からの攻撃を、彼は剣で防御する。アンリはそれを見越してか、すかさず騎士の首元へ剣を走らせる。金属が空気を切る音を寸分の差で避けて、バルザックはアンリへ剣を振り下ろした。しかしそこに少女の姿はなく、足に痛みが走ったかと思うと、彼はあお向きに倒れ、眼前に少女の剣先が迫っていた。
一瞬の出来事だった。
バルザック「くっ……!」
寸前でバルザックは剣を跳ね除け、少女を突き飛ばす。
アンリは地面へ転がるも、再び剣を取って騎士へと斬りかかる。
バルザック「この! ふん!」
バルザックにはパワーも体力もあった。しかし、俊敏さにおいてはアンリの方が上だった。片腕でバランスが取れないのか、少女は何度も地面に転がったが、その度に跳ね起き、すぐさま攻撃を繰り出す。何度か騎士の剣を喰らっても、全く動じることなく、その喉元に向けて剣を突いた。明らかに、バルザックが押されていた。
アンリの剣が騎士の頬に赤い線を走らせ、喉へ一撃を喰らわせようとしたところで、ようやく団長マイルズが止めの合図をした。
マイルズ「双方、剣を納めよ。……どうやら、勝敗はついているものと見た」
バルザック「はぁっ……そんなっ……私が小娘に負けるなど……」(息を整えながら)
レオナルド「結果が全てです。この勝負をもって、我々はアンリを正式に騎士団に迎えるとします」
反対意見であった騎士も、皆賛同せざるをえなかった。
ただ一人、バルザックは悔しそうに剣のつかを握りしめた。
騎士団のマントを受けとったアンリに、リアムが駆け寄ってきた。
リアム「アンリ! よくやったぞ……って、腕、怪我してるじゃないか」
アンリも今気づいたのか、裂けて赤黒く染まっている袖を見た。
アンリ「血がつくといけないから、マントを持っていてくれないか」
リアム「ああ。それより、早く手当てをしよう」
儀式は幕引き、人々が去る中、バルザックは騎士団長の前へ立ちはだかった。
バルザック「こんな……こんなことがあってはならない! 団長、どうかお考え直しを……!」
マイルズ「騎士バルザック。試合で決めることに同意し、自ら名乗り上げたと言うのに、その結果が不満か。まさか、少女相手と軽んじて、手を抜いていたと申すわけではあるまいな」
バルザック「確かに、彼女を侮ってはいました。しかし………しかし、お待ちを! やはり、私は彼女を歓迎しない! 団長も見ていたでしょう! あの戦い方は誇りある騎士などではない、殺戮の兵士のものだ!」
モリス「……そうだな。お前の言う通りだ」
背後から現れたモリスが、バルザックの言葉を遮る。
バルザック「騎士モリス……。では……貴殿は……人殺しを育てていたと言うのか……!」
モリス「初めは、身を守るために剣の使い方を教えた。自分を守るためだけの、単純な護身術だ。しかし、7年前のあの一件……アンリが腕を失うことになったあの出来事から、あの子はそれ以上を求めるようになった。何かを守るため、目的を果たすため、剣の鍛錬に励んだ。その結果が、あれだ。……アンリを騎士ダンに加えたのは、人殺しをさせるためではない。多くの死と直面することで、その思想の愚かさを学んで欲しいと思ったからだ」
バルザック「では、アンリは……あのリアムと同じだというのか、貴殿は」
モリス「あいつは逆だ。リアムは死を知りすぎて、慣れてしまっている。だから、剣を取り上げたのだ。アンリからは剣を奪うわけにはいかん。それこそ、あの子は身を守る術を失ってしまう」
バルザック「……貴殿には何か考えがあるようだ。良いでしょう。今日のところは、異議を申し立てないことにする。しかし……くれぐれも、手綱を緩めすぎぬように」
バルザックは忌々しそうに、頬の血を手の甲で拭い、立ち去った。
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