降り積もった恋の灰

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「今日も火山灰が降りますから、地元の皆さんは掃除には充分……」  ニュースを見る。うちの地元の火山はよく灰を撒き散らすから、掃除が大変だ。溝に入っても水に溶けないから詰まるし、ちゃんと分けておかないと畑が悪くなるし。  だからバイト先の早朝シフトで真っ先にやるのは溝掃除だ。 「あー、こはるっちおはようー」 「おはようー。木崎くんも早く掃除手伝ってね」 「おーっす」  早朝コンビニ。四時間勤務。今時どこもかしこも安くこき使おうとする寸法で、四時間勤務のバイトは熾烈を極めていた。  大学生だもの。授業出ないといけないけど、ゼミの資料集めるのも、就活用貯金するのもお金がいる。だから、私たちみたいな学生を雇ってくれるコンビニは貴重だった。  早朝のまだ人が来ない路地で、せっせと灰をかき集める。 「はあ~、ここに出てくるまで、火山には縁がなかったんだよなあ……まさか、こんなに毎日のように灰を掃除してるなんて思わなかった」 「そうだね。車に積もったら車体が傷付くし、溝掃除放置してたら、雨の日に氾濫して水浸しになるし」 「まじありえん。こんなに灰が積もるの、大変だよなあ」  そう言いながら、ふたりでちりとりで灰を掃いていく。  本当に。私は積もった灰を眺めた。  火山灰は扱いが大変なんだ。放っておくと迷惑かけるし。捨てる場所を選ばないと燃えないし。溝は詰まるし、水に溶けないし。まあいろいろ。  こんな迷惑なもの、積もってもしょうがないのにねと、勝手に感情移入している私が、一番どうにかしている。  溝掃除が終わってから、私たちはレジの準備を済ませる。 「そういやさ、もうすぐバレンタインだけど、こはるっちはあげる人いるの?」 「えー、いないよ。そういう木崎くんは彼女さんからもらうんじゃない?」 「おう。最近ずっと彼女がうなされてる。チョコの匂いがずっとするから、多分ケーキつくってんだと思う」  サラサラ。また私の中に、なにかが積もった。  一緒にバイトしているだけで、大学すら違う。シフト調整のために電話番号は交換しているけれど、仕事の連絡以外にはまず使ってない。  どこに住んでいるのかも、大学でなにやってるのかも、彼女さんがどんな人かすらも知らない。  知らない人に、私はずっと恋している。  きっかけなんて覚えていない。ただレジの釣り銭トラブルを、頭真っ白になってきちんとできない私に替わって対処してくれたとか、怖いお客さんに怒鳴られてしゃべれなくなってしまったときに私の代わりに相手して追い出してくれたとか。数えるとキリがないくらいにいいところを見て。  彼としゃべっていて気付いた。 「あー……今度の日曜、こはるっちシフト替わってくれないかな?」 「あれ? そりゃ私は日曜出てくれるなら嬉しいけど。でもどうして?」 「土曜、彼女の誕生日なんだわ。去年すっぽり抜け落ちてて誕生日プレゼントも忘れてたから、次忘れたら愛想尽かされそう」  そうさらりと言われた。  ああ、そうか。この人もう彼女がいたんだ。  それでも私の中で積もっていった。 「そうなんだ。頑張って彼女さん喜ばせてね」 「おう、ありがとうな。シフトもありがと」 「うん」  そう言って笑っていた。  家に帰ってから泣いていた。  愛想尽かされてしまえと思えればよかったのに、木崎くんからあれだけはにかんだ笑顔を向けられている彼女は、きっといい人なんだろうと思えたからなにも言えなかった。  私に向ける笑顔は、どう考えても同僚に向ける笑顔で、友達じゃなかったらあんな顔はしないだろう。  好きだと自覚した途端に、私の恋は終わってしまった。  それからというもの、火山灰のように捨て場所に困っている恋が、私の中で降り積もっている。どうやって捨てるべきか、今も悩んでいる。
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