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―旅の景色Ⅷ 2日目、街道設備―
街道の、この位置に、休憩設備が整ったのは、この先にあるアバトという、国境門を管理する大きな町から馬車で1時間という距離にあり、物資の調達が難しいと言うほどではないこと、その間の道が、長く深い森で、休息を許すような場所が無いために、ゼノン側からは、手前の小休止と、アバト側からは、森の終わりの、ひと休みとして都合がよいなどで、人が集まりやすかったことが理由だ。
アバトを出るのが遅くても、ここまで、昼休憩より少し早めに到着すれば、次の宿町ゼノンまで、陽が暮れるまでに到着することができるし、アバトを少し早く出て、ここで朝食を確り摂ることもできる。
ゼノン側からは、陽が昇ってからの出発で、休憩場所にも、昼休憩にもよい。
宿泊はできないが、仮眠を取る程度は、できるということで、この建物の3階の一部が、その仮眠室ということだ。
「ここの管理…をする者は、住んでいないのか。アバトから?」
リーヴの問いに応えるのは、大使のシェイキンだ。
「多くは、そうです。ここに町を作るのは、早計だろうという判断ですね。植物が生えないからと言って、周囲の土地に、人にとって今後の生活に役立てられることが無いとは言えない。アバトの壁門から1時間、決めただけの弁当を作る食材を仕入れて通うことはできても、住民のために、この場所に食料の必要を作るなら、この先の食料事情も変わってくる。ここまでが、利益を追求する者たちにできることであり、したいこと、求める理由のあることなんです。為政者が国そのものの今と、これからを考えるのとは違う。我々もそうです。いち商人が、その付き合いの中で、商いの都合の中で、行うことを安易に止めることはできません。奨励もしませんが」
「そうなのか?」
「ええ。ただし、国民の安全には、気を配りますよ、もちろん」
それはどのような形か。
もしかすると、それこそが、確かめるべきことなのかもしれない…。
そんなことを考えてみる。
「なんにせよ、遊学として学ぶことがあるとすれば、国政に在る者が、これだけの設備が整うまでに、全く気付かなかったという、これまでの情報管理の不備については、もちろんですが、ここにそれだけの必要を覚える、この道を通る旅人の事情を考えること、その結果、何が起こったのかを、正確に知ることも、挙げられますね」
ほかにも、誰が何を行ったのか、なども、知るべきだ。
他に何も無かったとは言え、これだけの建造物を設置するのだ、土地の使用許可のようなもの、何よりまず、土地の購入を誰がどこに届け出て行ったのかということ。
「最も近いアバトに届け出るとして、しかし、アバトの大宰府の管轄かとなると、疑問です。届け出自体は行っているし、土地利用証明書もあるので、アバトの大宰府から、中央に話を通したのなら、その辺りで、認識の齟齬がありそうです。中央からすれば、馬車で1時間の距離を、地図だけで見て、アバトの管轄と判断することも無いとは言えないのか…と、考えているのですがね」
「届け出なかったということは?」
「それが慣例だと、この国の者に強く言われたのなら、さすがに、アルシュファイドの者は、手が出せませんでした。無許可の不都合を判らない者はいませんから。しかもこのことは、政王陛下も把握しておられたこと。そんな基本の手続きの不備を放置はしません。と言うか、証明書の確認は行われているという報告で、私は、こちらのことを、承知しています。証明書の名義は、たしか、馬借師組合という法人の設定だったはずですよ。個人ではなく」
「ほうじん…ああ、先ほどの。いやしかし、法人という…いや、組合?」
「はい。組合という、組織として、土地利用証明書の取得を認められたということです。メテオケス国の冒険者組合があったから、認めてもらえたのでしょう。冒険者に、護衛や馭者、荷持ちが認められているように、馬借には、馭者、荷持ち、馬丁など、馬を貸すに当たって、運用や整備に必要な人員の所属も認めています。職業として重なるものもありますが、馬借は、冒険者ではなく、商業者です」
「なる、ほど…、それは、認められそうな話だ」
「まあ、いくらか、注意喚起すべきでしたね。以前のアルシュファイド国の姿勢が、なるべく、為政者間の関わりは持たない、というものでしたから、今回の留学者受け入れは、政王陛下にとっては、願ってもない機会となったのではないでしょうか」
「それ、は…」
シェイキンの、少しだけ困ったような、笑顔は、なぜだか、ほっとするものだった。
アルの言動に慌てふためく姿が重なって、なんだか、弱味を見せてはいけない、という意識を、押し遣ってもよい、そんな気持ちになった。
「王太子殿下の強みが、我々の政王陛下の、また、もしかして祭王陛下の、助けになるのではと、思えます。どうぞ、お心のままに、進んでいらっしゃってください」
ふと、シェイキンとは、アバトで別れるのだという事柄が、寂しさと共に押し寄せた。
このケイマストラ王国に駐在するために来ているので、国境で王都に引き返す予定なのだ。
彼とは、そんなに、話してはいない。
だから、親しみもない。
けれども、好悪の感情は、一瞬の、心の触れ合いから、生じるものなのだろう。
「帰ったら、話そう」
シェイキンは、ちょっとだけ、驚いたようだったが、すぐに、嬉しそうに笑った。
「はい。どうぞ、ご無事にお帰りください」
「ああ」
帰ったら。
対等に、話したい。
為政者として、異国からの使者として。
そして、できることなら。
叶うことなら。
互いに親しむ心を持って。
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