留学者一行の旅路Ⅱ ミルフロト王国を行く

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留学者一行の旅路Ⅱ ミルフロト王国を行く

       ―旅の景色Ⅰ 3日目、国境のバーバリア領―    翌日、アバトの町の北東に位置する、ケイマストラ王国の国境門を通り抜けた一行は、しばらく、荒野を進むことになった。 遠くに見える北側の森の緑の深さと、南側の落ち込む峡谷の深さは、衝突回避をすると双方で約束した緩衝地帯と言うよりも、この荒野だけが、人に残された唯一の交流の道と言えそうだった。 「確か、あの森は湿地帯にできてるんだ。不用意に入ると、周りに木はあったって、ずぶずぶ足下(あしもと)から呑み込まれてしまうそうだよ」 クラール共和国公認の学究者でもあるジョージイの知識に、怖いと言いながら、見てみたい好奇心も確かに生じる少女たちだ。 草木(くさき)の少ない荒野を、時間半ばも進んだろうか、ミルフロト王国側の国境の壁が見えてきて、すぐに、その間に開かれた国境門が確認できた。 その門のこちら側には、出迎えの一団が待っていて、先行した者たちによれば、クラール共和国駐在の、アルシュファイド王国特命全権公使の男、ペイドルト・キシュウが来ているとのことで、ここでシェイキンとは、別れることになる。 国境門の手前で、それでは、戻られてからと、簡単に挨拶して、シェイキンが馬車を降り、代わりに、ペイドルトが乗車した。 シェイキンはこのまま、国境門を通るが、行き先は領主の城で、ケイマストラ王国の王族の一行が領地を通り抜けることで、挨拶に向かうのだ。 通り過ぎる(さい)に、見掛けたシェイキンの隣の女は誰かと聞いたところ、ミルフロト王国駐在のアルシュファイド王国特命全権公使ということだった。 「彼女は、今夜の宿では合流できるでしょう。チタ共和国の国境まで、送ってもらいます」 揺れる馬車のなか、カタリナたちのところに挨拶に来たペイドルトは、そのまま、引き出し式の椅子に座って、(とど)まった。 「経路としては、一旦、バーバリアの領都まで行きまして、我々は(みやこ)の門には入らず、外の休憩場に立ち寄って、そのまま、南下、バーバリア領の南寄りの町に、昼食を、ご用意しております。その()、サイレント領に入ってから、ご宿泊となりますが、領都まで無理をするよりも、手前の町でも、充分に、お()()しのできる宿がありますので、そちらで、ご用意しております」 「領都とやらは、見られないの?」 「1人か2人なら、領主に挨拶に向かうミルフロト国駐在公使に付いて行けますが、留学者の皆さんには、お勧めしません。ああ、クラール国に到着してから、2日目ぐらいに、東隣のセイン領に行きましょうか?バーバリアと、サイレントは、領都には寄りませんが、それなりに大きな町を見ることができますし、リタでは宿泊しますが、滞在時間は短いかもしれません」 そう言いながら、持っていた地図を取り出した。 護衛たちが持っているものと同じ、分割された携帯地図だ。 「クラール国中心地から近い領都であれば、移動に時間は掛かりますが、町を歩いて見ることができます。セインのほかでは、南のコッポンベルンですね。賑やかさで見るなら、コッポンベルンは、特に小さな領地なので、人が集中して多く、セインは、領都にしては、静かな町です。クラール国を見てもらいたいですが、5泊しますから、両方、見に行きましょうか」 「クラール国から出るのですか!」 カタリナの声は弾んでいたが、クラール共和国自体も、見たい気持ちがある。 「1泊目は、お疲れでしょうから、宿で休むとして、翌日、朝に、のんびり起きても、中心街をご覧になるのであれば、急ぐ必要もありません。到着3日目に、ミルフロト国の領都に入り、戻って3泊目、翌日、別の領都に赴き、帰って4泊目、翌日は、クラール国内で、公営図書館など、ゆっくりごらんになるか、そのまま、学問所内の各研究棟の見学でもいいかもしれません。ゆっくりと過ごされて、翌日からの旅に備えるといいでしょう」 話を聞きながら、滞在の要領を考えて、カタリナは、一度は、笑顔を見せたが、すぐに、悩むような顔になる。 「警護は、どうなるでしょうか…」 「お1人には、ならないでいただければ、よろしいですよ。事前の取り決めで、赤璋騎士が配慮しているはずです。通行証を、無くさないように、お願いします。あとは…、なるべく、女性だけでなく、同年以上の男性の同伴も、あるといいでしょうか。ミルフロト国の領都では、護衛の形では、難しい問題が出てきますからね。まあ、最後には、我々の騎士たちが、なんとかするでしょうが、いずれ覚えた方がいいことです。それぞれの国の違いも、学ばれた方がいいでしょう。アルシュファイド国は、安全ですが、だからこそ、異国とは、違うのです」 きちんと、その言葉の意味を知ることは、できなかったように思う。 言っていることは、理解できる、彼らが持つ懸念には、納得もできるけれど、実際に、何が違うのか、カタリナも、ほかの令嬢たちも、知らない自分を、知った気持ちだった。 「……分かりました。覚えておきます」 ペイドルトは、にっこり笑って、これからの経路のことを話した。 「先ほど通った門は、区別するなら、レムと言う町になります。これだけ大きな団体になると、安全な宿での宿泊は難しいので、国内での宿泊が安全だろうということもあり、移動時間と合わせて、昨夜(さくや)はアバト宿泊を選択しました。同じ理由で、今夜の宿泊は、次のサイレント領に入ってからになります。ミルフロト王国という国は、複数の力ある領主の(もと)、多くの領民が集まっていますので、ほかの国よりも、町と言える集落が多いです。中でも、領都は、特に人が多いので、そちらを()けて、領主の許可の(もと)、作られたのが、次の休憩場の、領都街道町です」 「領都、街道、町…」 「はい。そちらも、人は多いのですがね。休憩と、馬と車の整えを行うと、目的が決まってますので、人の流れに従えば、それほど難しい町では、ありません。ただ、まあ、用心したいので、ご令嬢は、馬車から離れないよう、お願いします」 「ええ!」 思わず抗議の声を上げるカタリナに、ふふっと笑って、申し訳ありませんねと言う。 これは、ごり押しできないことだ。 ペイドルトの表情から察したけれど、面白くないカタリナだ。 頬を膨らませると、ふふっと、エシェルの涼やかな笑い声がした。 慌てて、頬の力を(ゆる)めて、両手で隠す。 「い、いやだわ…」 横で、動きがあって、そちらに目をやると、ケイトリーが赤くなって、カタリナを見ていた。 目が合うと、恥ずかしそうに笑って、残念ですわねと、言う。 どこか(なだ)めるような言い方なので、同年なのに、子供扱いされた気分になる。 「ほんとう、残念ですわ!あらでも、馬車の外に出てもいいんですの?」 元気な声は、パテアだ。 ペイドルトは笑って、いいですよと返す。 「広い場所に停めてもらいますから、馬車の外に椅子と机を組み立てましょう。バーバリア城の姿を、遠景で、ご覧になれます。城自体には惹かれるものがなくても、旅の景色のひとつと、お楽しみいただければ幸いです」 「城の、姿…」 「ええ。力のある領主ですし、いざというときの領民の避難所でもありますから、それなりに大きなものですよ。まあ、領都自体が、城塞と言っても過言ではないでしょうか。丸ごとが、城のような造りですよ」 そう話して、窓の外に視線を向けた。 「ミルフロト国は、全体的に緑が多いです。森ばかりでなく、低木や、草ですね。隣り合う領主たちが、互いを利用し合って、発展してきた統治(ぬし)を領主とする領土の集まりで、協力と言うよりは、利益の分配といった、繋がりですね。損害を受けるようなら、すぐに断ち切られる。そんな中で、王都シャリーナと、クラール国は、協力関係と言えそうです。いくらかの損害は呑み込んでも、互いが立っていられる道を選択してきた。食料の生産が少なくてもクラール国がやっていけるのは、ミルフロト国の仕組みに合う国体を保っているからですね」 カタリナには、難しい話だった。 相互の関係自体は、承知しているのだが、それを継続する力がどのようなものかは、想像の追い付かないところで、今はただ、話を聞くしかできなかった。 「バーバリア領の特産は、野菜類ですね。緑の葉が盛んな、根菜類が中心です。根菜と言うのは、地下にある肥大した茎や根を食べる野菜、人が育てた草花です。まあ、葉も、調理によっては、おいしいですよ。硬いとか、苦いとかいう特徴が色濃いですからね、あまり好まれませんが、日持ちがしないこともあって、領内で多く消費される部分です。本来食べる、茎や根の部分は、葉よりも長めに保つので、近隣の領都に売り、代わりに、別の食用植物、野菜とか、山菜、まあ、栽培の難しい植物ですね。あとは、鳥獣の卵、肉、乳を得ます。優先して回してもらう約束で、ほかに利益があれば、そちらに渡されてしまうのですよ。ですから、必ず交換してもらう最低数量を決めて、領内の食料と、経済、金の動きなど、操作しています。一部、ケイマストラ国に流しているのも、そうした取り決めがあってこそです」 突然に、自国が関わってきて、カタリナは思わず、息を止めた。 「その点、ケイマストラ国は、よかったですね。食料を、ほかの領に回せるほどに作る領が隣り合っているから、身近な消費地として考えてもらえます。領のなかには、食料の獲得は最低限で、領内だけで消費し、ほかの領には、工芸品を流すことで、自領で得られない食料や、生活に必要な衣料や燃料など、渡してもらうところもあるのです。ただ、ほかから得るばかりでは、突然に断ち切られる恐れがありますからね、理想としては、自領内、自国内での生産と消費の均衡を取ること。他領や、他国とは、均衡が崩れた時に、手間取らないように、流通の道を作っておくと、安心です。それが、今のところ、うまくいっているのが、この、ミルフロト王国なのですよ」 じわじわと染み込むように、理解した。 ひとつでは、1人では、1国では、できないこと。 一国が、自立するという、こと。 説明する言葉は、まだないけれど、染み入ったものが、自分の血肉となった気がした。 「そう…」 「ああ、そろそろ、街道町ですね」 顔を上げると、窓の外に、多くの馬車や人の流れが見える。 「外に出て、少し、馬車の周りを歩くといいですよ。その間に、準備しますから」 「そうするわ」 どんなものが見られるだろう。 この馬車の窓は、大きいけれど、それでも、外に出た時に見える景色は、違うものだという、予感がした。
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