留学者一行の旅路Ⅱ ミルフロト王国を行く

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       ―旅の景色Ⅶ 4日目、サイレント領都街道町―    サイレント領都にも、壁の外に新たに造られた街道町が、北門から東門までの長い区画を占めていた。 背後の森は、あまり多くを伐採してはいけないようで、建物も、横長の造りになっていた。 「馬車を停められるのは、東の端なので、食堂前で降りていただきます」 街道町が横長の造りなので、馬車回しは、隣り合う建物と建物の間を空けて、馬停(ばてい)を設けており、乗車している者たちは、速やかに馬車を降りた。 「食堂はこちらです」 アルシュファイド王国の者たちが、数人、案内に立ち、1階も2階も天井の低い建物の、2階部分で食事をいただいた。 背後に迫る木々に陽の光を当てようとするように、屋根の半分は透明の素材で作られていて、人のためには、丸い机の中央に細い幹を通して、植木の形を取った作り物の木が、作り物の葉を高いところで広げて、座席に影を落としていた。 そのような席なので、数人ずつに分かれて座り、ここでも、数種類の弁当を選んで食べた。 今朝の食事には、朝食だからか、あまり使われていなかったウォントウェントの肉が、弁当の多くに主菜として入っていた。 柔らかだが、そのため、噛み切るには苦労する。 肉そのものは、臭みが抜けないからか、とても濃い味付けで、おいしいとは思うが、肉の味はと聞かれると、答えに困る、そんな内容だけれども、食べ終わってみれば、満足のいく食事と言えた。 「それでは、東側の停車場まで、店の中を歩いてみましょう。距離は、それほどにはありませんが、すぐに馬車で休みたければ、送ります」 ワティナがそう言ってくれたけれど、皆、瞳を(きら)めかせて、今にも飛び出してしまいそう。 「では、護衛たちが良ければ、出発してください。2階の多くは、食堂です。持ち帰りのできる食品は、1階です」 そんな声を聞いて、カタリナたちは、ちょっと、同席の者たちと顔を見合わせる。 「せっかく買っても、食べ切れなくては困ります。すぐに食べるものは、自分たちの分だけで、日持ちがするようなら、ほかの人の分も買いましょう」 そういうことで頷き合い、既に姿の見えない年少の令嬢たちの、あとを追った。 少年たちも、年少者は駆けて行ってしまい、年長の青少年は、早いなと呟いて、ちょっと笑う。 「あ。ケイトリーたちに置いて行かれてしまった」 「しばらく放っておいたからだろう。まあ、婚約者に付いて離れないのも、どうかと思うが」 ハウルの冷たい言葉に、うう、と(うめ)き声を漏らして、リーヴは立ち上がった。 「さて。まあ、とにかく追い付こう。そう言えば、この辺りの名産はなんだろう?」 声の届く範囲に、答える者は()ない。 見回すと、食堂の出入り口手前に、ミルフロト王国駐在のアルシュファイド王国特命全権公使レステル・フォビーナが待っていた。 40代前半の女外交官とは、昨日(きのう)、宿で合流してから、挨拶程度を交わしたきりだ。 案内を頼むと、表情を柔らかくして答えた。 「どうぞ、私も、それほど詳しくは、ありませんが、以前にも視察に寄りましたので」 「ありがとう。領主への挨拶は?」 「事前に、素通りさせてもらうことを、知らせています。お帰りの(さい)に、お求めでしたら、ご案内します」 「そうだな…」 「旅程にも()りますからね、クラール国からは少し、離れますから、領都宿泊ということなら、ご挨拶の時間が持てるかもしれませんね」 「位置としては、関わりが無い?」 「いいえ、王都への主要街道の、ひとつですもの、ただ、挨拶をするにしても、今後の方針など、半年程度で決まるものかは、難しいところかと」 意識してか、所々に抜けのある言葉の意味を、リーヴは、考えるほどもなく察した。 国主相手にならば、国を通過するのに、挨拶無しということは、避けるべきことにもなる。 国主同士ならば、事前の()り取り次第にもなるだろうが、王太子という立場だと、往復の、どちらかには、表敬訪問すべきだろう。 だが、いくら力を持つとは言え、異国の領主相手に、今後の付き合いの道筋すら立てずに、顔合わせだけ、ということは、不適当…だろう。 「うん…考えておく。そうだ、この領地の特産品はなんだ?」 「ええ、はい。サイレントは、領土の多くが森なのですが、この先、領都の東から南半分までは、広い畑がありまして、赤小豆(あかつき)を多く育てています。ミルフロト国の庶民の主食は、プノムか、ヒュミか、粉にした状態のサズに、雑穀を多めに交ぜることが主流なのです。プノムはともかく、ヒュミとサズは、異国から入るばかりで、手に入れることは、値段が高くて難しいのです。その中で、豆類は、それなりの大きさなので、()()があることから人気が高く、保存には、少し気を使いますが、長期間保つので、作物として選ばれているようですね」 「ふうん…豆。その、漠然と、小さな作物ということで、穀物のようなものと承知しているが、種類は多いのか?」 「ええ、かなり。そのため、ミルフロト国は、各領地で、なるべく種類を変えて、育てられています。あとは、この領地を森としている、サイレスカルトで作られた、数々の箱ですね。加工しやすいということで、箱になっていますが、同じ箱にしても、用途次第ということがありますし、まだまだ、発展の見込める分野と思います」 話しながら階下におりて、辺りの店を見回す。片側は食料品が多く、片側は、旅装に必要になりそうな野営道具や衣類、装備品が置かれているらしい。 馬や、長距離輸送の馬車移動ならば、そうも野営の必要は無いが、徒歩の者も()なくはないし、町には着いても、宿には泊まれない、という者は()る。 そういった者のために、適当な距離を置いた街道脇や、町の外には、野営出来るだけの裸地を整えている区画があり、近辺には、安価で食事の足しにできる品を提供する簡易店舗も立っていたりする。 ケイマストラ王国は、町の周囲が荒野なので、野営地としては整えられておらず、町を守る壁際(かべぎわ)や、特に門の付近での、野営や簡易店舗の営業が、禁止されているという程度だ。 ただ、(やかま)しく騒ぎ立てたり、乱暴な振る舞いで、軽微でも、怪我人を出されたり、それ以上の暴挙の末の被害者を出されるのは、町の安全も、街道の安全も脅かされてしまい、被害が拡大して、統治者の求心力を大きく()がれる。 そのため、管理と言うほどでもないが、兵士の見回りは行われるし、目に余る行為は、国として定められた綱紀に照らし合わせて罰せられる。 ミルフロト王国は、周囲にある木々の伐採を行った上で、ある程度の広さの裸地を整えており、管理と言える程度に、火を使う場所の整えや、飲料等の水場の整え、不用品の処置と、汚水の処置、排泄の処置まで、場所を整え、指導し、清掃も行うなど、管理を行っている。 ただ、3年ほど前から、街道事情が変わってきているので、それらは、かなり安全と清潔を得られる場所へと変わってきている。 また、各町まで辿り着けなくとも、休憩場の近くであれば、まず、飲料水は得られるし、少ないけれども、管理されている潅所(かんじょ)がある。 場所によっては、仮眠できる安価な寝台の提供まであるほどだ。 そのような資金不足の旅人(たびびと)事情はさておいて、自分たちも旅をしていると思えば、必要な道具には興味が湧く。 ふっと()まる視線に気付いたレステルが、後押しをした。 「旅人(たびびと)の道具類など、見てみてもいいかもしれませんね。様々な工夫がありますし、どのようなものに、人々が、どれだけの価値を見ているか、知ることができます。例えば…ああ、明かりの保持など、見てみてはいかがでしょう。そちらです」 促されて、近場にあった、ランプ屋と言う店に入ってみる。 この大陸では、手持ち式の角灯など、持ち運べる明かりを保つ道具を、まとめて、古い言葉を使ってランプと言い慣わしている。 なかでも、最も認識されやすいのは、吊り下げる形の角灯だ。 同じ持ち運べるものでも、燭台(しょくだい)は、明かりを置く物、ということで区別されているのだが、そのほかは、室内の固定灯でも、ランプと、話し言葉として使うことがある。 こちらの店では、ランプ屋、と言う、屋外灯を取り扱う店の名との認識らしく、野外生活用の燭台も置いているし、火を生じさせる彩石から、携帯用の()(くさ)まで、幅広く取り扱っていた。 ただ、旅に使うもの、という(くく)りではあるようで、安全な屋内での固定を前提にした、壊れやすいもの、倒れやすいもの、油を(こぼ)しやすそうなもの、延焼を起こしやすそうなものはなく、なるべく携行しやすい形を目指しているようだ。 「こちらは、置くこともできるし、真横に引っ掛けて、ここ、下の支えを引き出すと、水平に近くなるので、中の油が(こぼ)れにくくなるようですね。このような、少しの工夫が加わることで、安全が確かなものに近付く。こんな、小さなことですけど、この配慮の、ひとつひとつが、森を守ります。旅の安全を守ります」 明かりひとつ取っても、気付けることは多い。 興味深く眺めているうちに、いつの間にか長居しており、そろそろ行きませんとと促されて、リーヴたちは、その店をあとにした。 「クラール国は、発明の国でもあります。隣の領である、このサイレントにも多く入っていますが、本国では、最新のものも見られますし、旅の装備以外も見られますよ」 馬車に戻って、()いていた前方の席に座ると、レステルは続けた。 「明かりは、どこででも必要ですから、どちらの国で、どの形のものが多用されているか、値段が安いか高いか、火種(ひだね)の種類、()(くさ)の種類、確認して、知ることは多いです。庶民の明かりの利用が、どれほどのものかということは、その国の国力を計るにも、ひとつの材料となります。異能で火を扱えれば、火を長く保たせる手法は多いです。これを、明かりという用途に限定すると、工夫に段階があります。通常、夜間にしか必要のないものですからね、貧しい者は、暗くなったら、寝るしかありません。そうであれば、明るいうちに、できることをしてしまわなければならない。どこまで、明かりを保たせて、その時間を何に使うのか。正確な把握が、国の現状を知る一助となるでしょう」 「………そこまで考えて、あちらに(さそ)ったのか?」 レステルは、息を強めに()いてから、笑った。 「ふっ!いいえ。たまたま、あちらの店が目に付いただけですよ。明かりだけでも、これだけのことが分かりますが、食べ物のことだって、判ることは多いんです。例えば、運び方、保ち方、売り出し方、相手にする客がどういった者たちか。ですが、次の立ち寄り先がクラール国ですからね。滞在期間が長いですし、隣国の特産品が、どの程度、隣国に流れているのか、知ることは、この道の先の国に住まう王族なのですから、ご興味を持っていただけるかもしれないとは、思いますが、留学目的なのですから、なんでも、目にする機会のあるものは、見ればいいと思ったまでです」 あんまりにも、おかしく思っている顔をするので、裏を読むことが、酷く()の抜けた行為に思える。 けっして、こちらを侮っているものではなく、どうやら、自分のことを計算高いと思われることに、おかしさを感じているらしい。 そんなに私が賢く見えますかとまで言われる始末だ。 「む。人を見る目ぐらいは、持っているつもりだぞ」 「ふふ、ごめんなさい。うん。まあ、交渉師は、外交官は、騙し合いをくぐり抜ける面もありますけれど、人と人との()り取りです。最も必要なことは、相手がどこまでしてくれるものかを見極めること。(たばか)られるときは、その時です。私たちは、結局、最後の責任を、政王陛下に負っていただいているのです。だから、まずは飛び込んでみること。それだけなのですよ。殿下は、最後の責務を負われる(かた)。外交官の使い方を考える(がわ)ですから、ただ、ご覧になって、見極めの材料としてください。ケイマストラ国の外交官の手法は、我らとは違うはずですから」 「……。そうか」 「ええ」 視線を伏せて、答える。 レステルは、けして、美しい女、ではないけれど、どこか、その表情は、心に沁みて、うつくしいと、思った。 絵画の中の女を見るように。 そのあと、言われたように、広い赤小豆畑(あかつきばたけ)の中を通る道に入り、馬の休憩など挟みながら、国境の町プールに到着した。 クラール共和国側には、向こう側が見える、国境線を示すだけの柵が並んで、人の出入りの自由を奪ってはいるが、守護の役目を果たしそうにはなかった。 出迎えには、アルシュファイド王国の外務官が来ており、ケイマストラ王国からの賓客との挨拶は無しに、そのあとの手順が問題無いことを知らせた。 馬車1台と、騎馬の護衛3騎を加えてしばらく、サイレント領とは違うらしい野菜畑を抜けると、路面が急に硬質に変わり、また少しして、門らしきものを通り抜けた。 変に思って、窓から見ると、門の内側は建物が多く、ちらりと確認した違和感の正体が、馬車を通す高く立派な門はあるのに、そこに続く塀が無く、境界を示すだけの低い柵が張られているだけだったことに気付いた。 「ずいぶんと手薄な…」 「ああ、城門ですね。クラール国は、門から入らないと、中心地に入れないのです。そういう仕掛けなんですよ。手薄なのは、見せ掛けで、悪意を持つ者を捕らえるための仕掛けなのです」 しばらく、住宅街らしい通りを走ると、再び城門があって、こちらは、(しっか)りとした城壁の間に設けられていた。 「ここが学究の都、首都ベッツ。クラール共和国中心地です。ようこそ、いらっしゃいました」 レステルの言葉のすぐあとに、宿の前に到着して、本当に小さな国なのだと、頭の隅に置いた。
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