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留学者一行の旅路Ⅲ クラール共和国滞在記
―旅の景色Ⅰ 4日目、到着、学究の都―
クラール共和国は、学究中心の国なので、首都ベッツの公共の建物の多くが、学究棟か、資料棟か、論議棟となっている。
生活の場としても、機能はあるが、とても造りの偏った町と言わなければならない。
国土に対して、食物を育てる場所、獲得できる場所は非常に少なく、物作りの工房は、隣国の王都にある量産のための工場の利用が多いために小規模に止まり、学究関係以外の建物では、住居が多い。
発案した仕組みの使用料を、現金や食物などの物品によって支払ってもらい、国家予算として回している、回していけるほどの国だ。
西側から、この国に進入すると、僅かばかりの畑があるが、これは研究用の育成が広く占めているものだ。
国内で得られる農作物は、首都ベッツの北の城門を抜けた先にあり、ミルフロト王国王都シャリーナの農村区域と隣り合っているため、国境を見分けられる農地の作業者ぐらいにしか、正確は掴めない。
いずれにせよ、とても狭い土地なのだ。
あとは、東側に少しある森から、茸や蜜蜂などの研究成果の実りが届き、南側でも、研究内容とは、あまり関わりが無いのだが、木の実が多く採れるので、食料として市に置かれている。
それら城塞の外にある恵みが、輸入食料と共に、クラール共和国に住む人と、旅人の腹を満たしているのだ。
首都ベッツに到着してから、宿に直行した一行は、一先ず、部屋で休み、夕食まで自由行動とした。
以前に交わした約束通り、アルは、あとのことをクラール共和国駐在公使のペイドルトと、ミルフロト王国駐在公使のレステルに任せて、王子シリルとその学友ウォルト、それから、同行すると言う王子ジョージイと、なんとなく付いてきた公子ベルリンとで、街へと飛び出した。
「さてと!何を見ようかな!てか、ジョージイ!お薦めはなんだよ、ベルリン!」
「うーん、青少年向けかあ!」
「え?学究の国に来て一番最初に行くのは図書館に決まっているだろ」
どちらに輝く瞳が向けられたかは、言うまでもないだろう。
「おー!なんだ、なんだ、遊び場か!?」
食い付いてくれる目下の青少年に気を良くして、ジョージイは胸を反らした。
「ふふん!見てのお楽しみだ!」
そう言い放つと、一旦、中央広場に出て、そこが国会議事堂さと歌うように紹介すると、広い正面玄関前を素通りし、北東へと向かう。
「俺もベルリンも、歴史関連が専攻だったからね、こっちの方が馴染みがある」
そう言って、案内して来たのは、ひとつの論議棟、いや、塔だった。
「さあさ、付いておいで!」
なんだか、期待したのと違うなあ?と思い始める年少者たちだが、建物の中の一室に入ると、そこで繰り広げられる討論の様子に驚き、広さに驚いた。
論議者たちの音量は大声のままに響き、まだ10代前半の少年たちの身を打つ。
「お、やってる、やってる」
ベルリンは、勝手知ったるなんとやらで、ずずいと聴衆席の前へと進んで、空いている場所に座った。
「ここは論議棟のひとつで、史学塔と言う。歴史に関する様々な事柄のうち、より多くの解釈と意見を募るために開かれる。中央で、ひとつの机を囲んでいるのが、主宰者だ。後ろの数列は、たくさん資料を抱えているだろう、この日のために準備をしてきた参加者だ。残りは、聴衆で、後学のため、まあ、多くは、冷やかし、賑やかしだね」
「そんなのでいいの?」
「いいんだよ。ただし、あんまり的外れな意見は、登録してある参加者だろうと、主宰者の1人だろうと、黙殺、態度が酷ければ、退場となる」
「へえー…」
「とにかく、こっちだ」
なにかしら、楽しげな冒険を期待していたのだが、これはこれで興味深く、年少者たちは、聴衆席の前の方へと、ずいずいと入り込んだ。
主宰者は、現在、行われているクラール共和国内での取り組みを、後世に史実として伝えるべく記録し、これを管理、編纂する者たちで、議題は、クラール共和国に於ける国会議事堂の国政総轄会議場での議事録の手法を改定するべきか否か、というものだった。
これまで通り、文字だけの事柄を書き留めて、遺していき、これを証拠として史実を編纂することで、解釈の歪みを最小とできるのではないか、などの意見から、現在では、音声も残せるのだから、そうすべき、写真額も駆使する、または、動画映像として残す手立てを考えるべきなど、術の構築まで言及するような議論だ。
中央の話に対して、大声で否定や、同調を叫ぶ聴衆もいるなどで、辺りは、喧しいが、何かの仕掛けがあるのだろう、中央の人々の話す声は、よく聞き取れる。
シリルとウォルトには、程度の差はあれ、理解の難しい内容だ。
けれども、皆が、努めて順序立てて話し、相手の主張を聞くようにし、誰かが対話の流れを乱そうとすれば、周りが押し止める、そんな様子を見ていると、感情の制御とは、どんな些細に思えることにも必要だと知れたし、いかなる激昂も、抑えようとする、人々の姿は、どこか胸が震えた。
「……すごい…」
掠れたような微かな呟きを耳にして、シリルは、唇を引き結んだ。
あんなに、まっすぐに相手を見て、自己の主張を発する者たちは、今の自分にはない力と、その強さがあると感じた。
「興味深いな…」
アルの呟きに、そちらを見ると、気配に気付いて、こちらを見た。
「お。話、解るか?」
「あんまり…。でも、おもしろい」
面白おかしい、というものではなくて、興味深い、確かに。
でも、アルと同じ意味ではないと思うから、同じ言葉を避けて、言っていた。
一瞬、軽薄な発言と取られるかと思ったが、アルは、にかっと笑って、よかったなと言った。
「ジョージイ、おもしれえけど、明日もあるし、」
「ああ、だな。ベルリン、帰るぞ」
「え?もうかい?全然、温まってないんだが」
「はいはい、ほら、ほら、今は、ただの案内だから!」
「む。うーん。まあ、いいか。行こう」
こそこそと話して、一行は論議場を出た。
「わあ…。あんなのも、あるんですね…!」
ウォルトの感激した様子に、ジョージイは、ご満悦だ。
「ふふふっ!楽しめたかな?楽しめるほどではないか。まあ、ああいう、議論の場は、このクラール国ならではと言えるね。議題内容も、通常では取り上げられない。だって、事態は瞬く間に過ぎ去ってしまうし、変化する。それでも、立ち止まって、議論することは、俺には、必要と思えるんだよ。つい、取りこぼしてしまうことが、あまりにも多いから」
「はい。理解って、ちょっと、できそうにないですけど。でも、ああいうのを、ちゃんと話し合えてるって、言うんだって、思えました…」
ウォルトの通う士官学校では、ああはいかない。
大抵、表に出ろ、勝負だ、となる。
まあ、それは極端な話…。
なんと、格好いい姿だろうか。
議論の場が、戦いの場であることを、ウォルトは今日、初めて知ったのだ…。
握った、こぶしを、腹の辺りに強く当てる。
学友の姿を見て、シリルは、きっと、似た気持ちだと、思った。
思いの外、暗くなっていた外の様子を見て、足早に宿に戻る。
今日から、しばらく、この町で過ごすのだ。
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