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―旅の景色Ⅱ 5日目、散策、学究の都―
昨夜は、早くに休んだので、いつもより早起きしたハシアは、急いで身支度を済ませると、外へと飛び出した。
「そんなに慌てて、どちらへ?」
笑いの含まれる声は、聞き慣れたレーシィのものだ。
「どこでも!行きたいわ!どこかに!」
「さて、どうしましょうか。カタリナ様は、中央広場に行かれましたが」
「えっ!もう!?」
「はい。ワティナが同行してくれています。レノン、あとを追ってもいいかな」
機警隊補佐隊の1人、女騎士レノン・ミルラが頷いた。
「同行します。すぐに?」
「他に起きている人は…?」
「いくらか、いらっしゃいます。同じ宿だと、ケイトリー様が、リーヴ様と談話室に、いらっしゃるかと思いますよ」
「そっか」
「殿下方は宿の裏手と、あと、グウェイン様は、カタリナ様を追われるようです。今、行けば、合流できそうですね」
「ふーん…。あっ!じゃあ、行くわ!」
「はい」
玄関までの最短距離をレノンが示す。
階段を下りながら、ハシアは、ちらっと、先ほど、少し気になった、レノンの肩に乗る彩石鳥を見た。
「えっと…。色々分かるのは、その鳥?」
「ええ、そうですよ。旅の前に、ご説明した彩石鳥は、緊急時にしか、遣り取りしませんからね。そのように、用途を限定すると、作成力量が少なくても、きちんと機能が働くのです」
「そうなんだ…。私にもできる?」
「そうですね…、力量は小さくはありませんが、努力次第といったところでしょうか。きちんと修練なされば、土と水の力の両方を組み合わせることで、音ではなく文字によって、ある程度の距離は、使えるものが作れそうですよ」
「本当!」
「はい。修練は、勧められるでしょうから、時間を遣り繰りして、継続するといいですよ」
「継続…」
「ええ。やめてしまうと、精度が落ちてしまいます。外に出ます」
誰のための言葉か、最後は判然としなかったが、すぐに、ハシアは、兄、グウェインに気付いて、忘れてしまった。
「おはようございます!お兄様!」
「おはよう。お前たちは、揃いも揃って、宿を出るとは…」
「大目に見てください!お姉様は、どちらでしょう?」
話しながら、なんとなく歩き出す。
問いに答えたのは、レノンだ。
「まだ、広場で、周囲の建物を見物中のようですね。建物は、土地によって造りが異なりますから、それだけでも、一見の価値があります。一般の住居も興味深いですが、大きな建物は、古くから在るものの場合が多いですからね、先人の生きた時代まで、思いを馳せてしまいます」
「先人の生きた時代…」
共感には至らないけれど、考えてみれば、今、在る、建物は、今の時代に造られたものばかりとは、限らない。
見回してみても、その時代を知ることはできなかったが、まさか、昨日今日、出来上がったわけもあるまい。
「いつ…」
考え出すと、途方もない年月になりそうで、気が遠くなりかけた。
すぐ横の兄の腕に掴まり掛けて、自分の手の大きさでは引っ掛かりを捉えられず、そのまま、触れた袖を掴まえた。
「どうした?」
「ち、ちょっと、掴まっていても、いいですか…?」
グウェインは、気後れする様子の末の妹に、いくらか目元を柔らかくして、その手を掬い取り、手首に近い位置に載せ、これならいいかと聞いた。
「歩きにくくはありませんか、その…」
ハシアのために、腕を曲げて差し出しているので、疲れそうな体勢だ。
「これぐらいで文句を言う男は切り捨てていい。未婚のうちは、自由に手を離せるようにしていなさい」
そう言うと、腕に掴まるハシアの細い指に、もう片方の指を軽く載せた。
「あ、歩きにくそうです…」
「少し前に出ればいい。見た目には、横に並んで、男の正面を進行方向として、その数歩先の足元を視界の中央に、対面から歩く者の足先を見ているように見せる。そうしていれば、先に男の方が、向かう相手と目を合わせるから、声を掛けることになる。話したくない相手なら、合図を送って、進行方向を変えてもらうなど、するんだよ。お前には窮屈な作法かもしれないが、見知らぬ土地に行くんだ、使えるものは、使いなさい」
「…は、あ、はい…」
それは戦い方であり、身の守り方でもある。
「行くぞ」
歩き出す兄に合わせて、歩き始める。
辺りを見ることはできなくなるけれど、思えば、それは子供のようで、落ち着きが無く、淑女と言うには、ほど遠い。
「……確かに、つまらない気もしますけれど、この方が、落ち着いて見てもらえそうです…」
ハシアの気付きに、グウェインが、くすりと笑う。
いつもは、庭を駆け回るハシアを、眉を顰めて見ているけれど、今は、ちょっとだけ、妹に甘い兄に見える。
いつも笑顔のリーヴよりも、よっぽど、安心できる。
リーヴは、いつも笑顔だけれど、油断していると、厳しい指摘が飛んでくるのだ。
あまり接する機会のない、年の離れた兄たちだけれど、リーヴよりもグウェインの方が、手心を加えてくれそうだと、狡賢い心で覚えてしまう。
カタリナは、こういう、覚え方は、しないのだろうなと、ちょっと落ち込む。
「どうした?」
敏感に、心の動きを察したらしい。
どきりとして、それから、正直に言う。
「お姉様は、潔いなって、…」
ふふと、グウェインは笑う。
「お前は、あのようには、ならなくていいからな。しかしまあ、あの子はあの子で、要領というものを、知っているから、ああも、まっすぐに立てるのだ。お前は、自分に合う手法で、立ちなさい。身近に在る者ばかりが、手本になるものでもないんだ」
「はい…」
自分自身で、行うことを、見付けて、確立する。
それは当たり前の、厳しい現実で、難しいことだったけれど、それこそが、王族である自分の、為すべきことなのだと、ハシアは知っていた。
そこまで、行い、示せるからこそ。
仰がれるに相応しい存在となれるのだ。
成すべきことはまだ、判らなくても。
為すべきことは、為さなければならない。
気持ち、胸を張るハシアに、グウェインは微笑んで、広場の中央に立つカタリナを見付けた。
かわいい、妹たち。
滅多な男には、渡してやらない。
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