留学者一行の旅路Ⅲ クラール共和国滞在記

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       ―旅の景色Ⅱ 5日目、散策、学究の都―    昨夜は、早くに休んだので、いつもより早起きしたハシアは、急いで身支度を済ませると、外へと飛び出した。 「そんなに慌てて、どちらへ?」 笑いの含まれる声は、聞き慣れたレーシィのものだ。 「どこでも!行きたいわ!どこかに!」 「さて、どうしましょうか。カタリナ様は、中央広場に行かれましたが」 「えっ!もう!?」 「はい。ワティナが同行してくれています。レノン、あとを追ってもいいかな」 機警隊補佐隊の1人、女騎士レノン・ミルラが頷いた。 「同行します。すぐに?」 「他に起きている人は…?」 「いくらか、いらっしゃいます。同じ宿だと、ケイトリー様が、リーヴ様と談話室に、いらっしゃるかと思いますよ」 「そっか」 「殿下(がた)は宿の裏手と、あと、グウェイン様は、カタリナ様を追われるようです。今、行けば、合流できそうですね」 「ふーん…。あっ!じゃあ、行くわ!」 「はい」 玄関までの最短距離をレノンが示す。 階段を()りながら、ハシアは、ちらっと、先ほど、少し気になった、レノンの肩に乗る彩石鳥を見た。 「えっと…。色々分かるのは、その鳥?」 「ええ、そうですよ。旅の前に、ご説明した彩石鳥は、緊急時にしか、()り取りしませんからね。そのように、用途を限定すると、作成力量が少なくても、きちんと機能が働くのです」 「そうなんだ…。私にもできる?」 「そうですね…、力量は小さくはありませんが、努力次第といったところでしょうか。きちんと修練なされば、土と水の力の両方を組み合わせることで、音ではなく文字によって、ある程度の距離は、使えるものが作れそうですよ」 「本当!」 「はい。修練は、勧められるでしょうから、時間を()()りして、継続するといいですよ」 「継続…」 「ええ。やめてしまうと、精度が落ちてしまいます。外に出ます」 誰のための言葉か、最後は判然としなかったが、すぐに、ハシアは、兄、グウェインに気付いて、忘れてしまった。 「おはようございます!お兄様!」 「おはよう。お前たちは、揃いも揃って、宿を出るとは…」 「(おお)()に見てください!お姉様は、どちらでしょう?」 話しながら、なんとなく歩き出す。 問いに答えたのは、レノンだ。 「まだ、広場で、周囲の建物を見物中のようですね。建物は、土地によって造りが異なりますから、それだけでも、一見(いっけん)の価値があります。一般の住居も興味深いですが、大きな建物は、古くから()るものの場合が多いですからね、先人の生きた時代まで、思いを()せてしまいます」 「先人の生きた時代…」 共感には至らないけれど、考えてみれば、今、()る、建物は、今の時代に造られたものばかりとは、限らない。 見回してみても、その時代を知ることはできなかったが、まさか、昨日(きのう)今日(きょう)、出来上がったわけもあるまい。 「いつ…」 考え出すと、途方もない年月になりそうで、気が遠くなりかけた。 すぐ横の兄の腕に掴まり掛けて、自分の手の大きさでは引っ掛かりを捉えられず、そのまま、触れた(そで)を掴まえた。 「どうした?」 「ち、ちょっと、掴まっていても、いいですか…?」 グウェインは、()(おく)れする様子の末の妹に、いくらか目元を柔らかくして、その手を(すく)い取り、手首に近い位置に載せ、これならいいかと聞いた。 「歩きにくくはありませんか、その…」 ハシアのために、腕を曲げて差し出しているので、疲れそうな体勢だ。 「これぐらいで文句を言う男は切り捨てていい。未婚のうちは、自由に手を離せるようにしていなさい」 そう言うと、腕に掴まるハシアの細い指に、もう片方の指を軽く載せた。 「あ、歩きにくそうです…」 「少し前に出ればいい。見た目には、横に並んで、男の正面を進行方向として、その数歩先の足元を視界の中央に、対面から歩く者の足先を見ているように見せる。そうしていれば、先に男の方が、向かう相手と目を合わせるから、声を掛けることになる。話したくない相手なら、合図を送って、進行方向を変えてもらうなど、するんだよ。お前には窮屈な作法かもしれないが、見知らぬ土地に行くんだ、使えるものは、使いなさい」 「…は、あ、はい…」 それは戦い方であり、身の守り方でもある。 「行くぞ」 歩き出す兄に合わせて、歩き始める。 辺りを見ることはできなくなるけれど、思えば、それは子供のようで、落ち着きが無く、淑女と言うには、ほど遠い。 「……確かに、つまらない気もしますけれど、この方が、落ち着いて見てもらえそうです…」 ハシアの気付きに、グウェインが、くすりと笑う。 いつもは、庭を駆け回るハシアを、眉を(ひそ)めて見ているけれど、今は、ちょっとだけ、妹に甘い兄に見える。 いつも笑顔のリーヴよりも、よっぽど、安心できる。 リーヴは、いつも笑顔だけれど、油断していると、厳しい指摘が飛んでくるのだ。 あまり接する機会のない、年の離れた兄たちだけれど、リーヴよりもグウェインの方が、手心を加えてくれそうだと、狡賢い心で覚えてしまう。 カタリナは、こういう、覚え方は、しないのだろうなと、ちょっと落ち込む。 「どうした?」 敏感に、心の動きを察したらしい。 どきりとして、それから、正直に言う。 「お姉様は、潔いなって、…」 ふふと、グウェインは笑う。 「お前は、あのようには、ならなくていいからな。しかしまあ、あの子はあの子で、要領というものを、知っているから、ああも、まっすぐに立てるのだ。お前は、自分に合う手法で、立ちなさい。身近に()る者ばかりが、手本になるものでもないんだ」 「はい…」 自分自身で、行うことを、見付けて、確立する。 それは当たり前の、厳しい現実で、難しいことだったけれど、それこそが、王族である自分の、()すべきことなのだと、ハシアは知っていた。 そこまで、行い、示せるからこそ。 (あお)がれるに相応(ふさわ)しい存在となれるのだ。 成すべきことはまだ、判らなくても。 ()すべきことは、()さなければならない。 気持ち、胸を張るハシアに、グウェインは微笑んで、広場の中央に立つカタリナを見付けた。 かわいい、妹たち。 滅多な男には、渡してやらない。
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