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―旅の景色Ⅲ 5日目、休息、首都ベッツ―
「本日は、色々と範囲は限りますが、自由行動としましょう。まず第一に、休息を取っていただきたいこと。明日から、遠出も視野に入れた行動範囲の拡大を行いますので、皆様はもちろん、お付きの者たちにも、いくらか、休息を設けたいと思います。代わりに、そのほかの警護の者には、務めてもらいますが、そちらは交代で、最終日に休んでもらいます」
これは、事前に申し出て、行動の要領を頼んである。
侍者たちの都合を考え合わせて、ただ寝ているわけには、いかないだろうからと、護衛には、私服での同行や主の行動の把握をすること、侍従と侍女には、買い物を勧めている。
「時間は、今日は、17時を目安に、宿に戻ってください。20歳以上の方々の夜間の外出は、明日以降、最終日前日まででお願いします。今日の行動区域の範囲は、首都ベッツ内、この城塞の門の内側に止めてください。顔触れは、留学者は、同じ留学者を1名以上伴うようにしてください。私的公的の区別は、しません。ヅルーガ商会の者は、警護任務ではなく、情報収集と旅装の整えなどに当たります。アルシュファイドの者は、要所に展開。ケイマストラ国の皆さんは、休息も任務の内です、適宜、当たってください。以上です」
事前の取り決めも繰り返し、皆の了承を確かめて、機警隊のトレントは、黙礼して、その場を離れた。
身内しかいない広い食堂の中、皆、同じ机を囲む者たちや、近くの席の者たちを見回した。
「男性陣には、私から、町の案内をしましょう。女性陣は、レステル、頼む」
クラール共和国駐在公使ペイドルトの言葉に、隣国の駐在公使レステルが頷いて、そうねと答えた。
「女性だけで!?」
酷く驚く公的留学外務官マウリシオの横で、私的留学外務官メリシールも、不満を、どのように口にしたものかと、珍妙に近い渋面だ。
笑いそうになる口元を引き締めて、ペイドルトは、いかにも親切そうに言葉を重ねた。
「いえ、もちろん、護衛は付きますし、これだけ旅の同行者がいるのです、途中で一緒になる者も多いでしょう。特に調整者であるご令嬢の、お2人など、親しく話せると思えますし」
「ほかの令嬢とは、立場が違いますから、今の内に親しむことは大切ですね。そちらも、調整者の男性2人と同行されては」
「ああ、そうです。ノベルは若いですし、留学者と同行でもいいですが、リーヴ様はケイトリー様と、ご一緒なさるのなら、ハウルは同行者選びに手間取るでしょう。では、行きましょうか」
早速、立ち上がるペイドルトには遅れることができず、それじゃあと、慌てて声を掛けて、夫2人は席を外した。
「では、と。こちらも、参りましょう。私も、たまに来ているのですが、絡繰りなど、見に行きませんか?」
そう言って、レステルも立ち上がる。
慌てて並んで立ち上がりながら、ほかの、ご令嬢はと呟く令室2人に、にっこり笑って、返す。
「今日は、ほかの者より、ご自身を優先です。さ、さ、行きましょ、行きましょ!」
そんな大人たちの横では、早く外に出たいと願いながらも、できる限り多くのことを見たいと考える年少者たちは、どちらへ行くべきかと迷う。
決めかねて動きを止める留学者たちに、カヌイが声を上げた。
「皆さん!あまり多くで固まるのも、動き難いことになります!5人前後を、ひと組として、3組以下で行動を共にしましょう!ここでの大きな分け方としては、南の市、そこに並行する絡繰り通り、西の学問所、中央広場に面する公共施設、といったところです。あとは、北西の端に、ベッツ城主の住んでいた本館があります。現在は、国賓を迎えるために整備していて、限定箇所になりますが、見物ができます。そちらは、少し遠くなりますので、馬車移動になります」
皆、そのように見所を纏められて、じゃあ、行きたいところはと声を上げ、同行の顔触れが決まると、立ち上がった。
「絡繰り通りに行きます!」
「俺も!」
ケイマストラ王国でも、教育の一環で、クラール共和国の絡繰りは知っている。
年少のハシアとシリルならば、順当な選択だろう。
「じゃあ、そちらは、私が行こう。ケイトリー、カタリナ、エシェル。付き合えるかい」
「もちろん」
年少者とリーヴが同じ通りへ、グウェインは、セイブはどこに行くと聞いてから、共に市に行こうと決め、王族以外の青少年と娘たちは、適当に人数調整などしながら、彼らに同行する。
ジョージイとベルリンは、年少者の案内をせねばと、シリルとウォルトに同行だ。
顔触れが決まると、アルは、従者ボルを連れて、警護の者たちなど、様子を見に行くと言って出た。
あとの従者2人、ホディはグウェインとセイブの向かう市へ、マーゴはハシアとヨクサーナに付いて絡繰り通りへと向かう。
私的留学者たちへの出資をしていることもあり、クランは、人数が多くなってしまうがと、絡繰り通りに向かうことにした。
今回の旅に同行の弟セレブ・ボルドウィンと、その助手ミカゲ・ハイデルも、絡繰り通りに興味があると、別行動だが、同じ場所へと向かう。
「では、人数の多い絡繰り通りに2人、ワティナ、ガリィだな。年少の殿下に同行しながら、様子を見てくれ。カヌイは、セイブ様の方に、俺はヅルーガ商会とザカリエ殿と確認など、回っている。補佐隊を2人同行する」
「了解。じゃあ、俺も2人。2人は、観光がてら、いつでも動ける位置に居てくれ。宿での休憩もいいだろう。残りは、絡繰り通りへ。行こう」
政王機警隊と、この場に居る機警隊補佐隊も分かれて、所定の配置へ就く。
機警隊補佐隊のレノンと、相棒の女騎士ウェルナ・ビョーゼは、早朝からの勤務なので、1時間ほど休んでから、行動しようと話し合い、一旦、宿泊場所である宿に戻った。
1人用の個室が多い宿なので、それぞれ1人部屋に入ると、それからきっちり1時間、計ってから、すっきりとした表情で出てきた。
「さて、どこに行く?」
「1時間の出遅れだからね、皆が今、どういう動きになってるか。警護が主要任務だから、一度、そちらに顔を出してみよう」
「そうね」
頷き合って、宿の者に鍵を預けて、宿を出る。
要人たちは、今回は、宿泊場所を1ヵ所としてある。
そこはアルシュファイド王国公営の宿で、国賓にも対応するよう、整えられている。
建物としては別だが、周囲の数棟が、警護の者たちに対応するよう整えられた、分館で、複数の階層を本館と繋げる渡り廊下を整えてある。
向かいの、レノンたちが宿泊する宿も、分館のひとつだが、荷持ちや馭者など、要人の身の回りの世話よりも、旅での移動に関わる諸事を担う者のための宿となっている。
今回、数日の滞在なので、車馬の多くを城塞の外の馬場と各種車両整備所に預けて、世話と整備を頼んでいる。
馬丁たちは、馬たちの様子を確認する都合上、付属の宿泊所に泊まっているが、馭者たちは、すぐに動かせる車馬を用意して待機する者が、今も宿に居り、そのほかの馭者たちは、休日として、休んでいるはずだ。
彼らの宿泊する宿は、やや南寄りにあり、中央広場に向けて集まる道のひとつに面している。
こちらから、南の市と絡繰り通りに向かうには、幾度か方角を変えて、南方向へと進路を取ることになる。
途中、アルシュファイド王国には無い建物の造り、行き交う人々の身なりを見ながら、異国の土地を感じる。
道は全面、石を埋め込まれており、長年の使用により、中央や、馬車が通る道ならその幅で、窪みが見られる。
「これこそ、異国情緒だね」
「子供が少ないように思うが」
「今の時間は、学問所じゃないの。確か、幼年向けのは、無料だよ」
「ん。だっけ」
強制ではないが、クラール共和国では、子供に対して、文字の読み書きと計算の学習を推奨しており、無料でそれらを教える小学校なるものが、学問所の敷地内に建てられている。
離れた地域では、役所の一室を利用しての授業が行われている。
ただ、家族の事情で、出席の回数が少ないまま、年を重ねて、知識を不充分としながらも、仕事を本業として働き始める子も多く、その対応に取り掛かることもできずにいる状態だ。
すでに学習時間なので、今、町で見掛ける子供なら、家族のために、手伝いをしている子たちだろう。
クラール共和国は、家族が飢えない程度に稼げるし、無理な手伝いを子供に頼むほどではないが、それでも、家庭の事情は様々で、片親であれば、その分の負担は、どうしようもなく家族を圧迫し、医者の少なさは患者への応対を十全にはさせず、事故や犯罪に巻き込まれることもある。
「どこがどう悪いってのでなくても、種は落ちて、芽は育っていくんだな…」
駆け抜けていく子供を眺めるウェルナの視線を追って、レノンは、そうだねと呟くように返す。
「まあ、でも、陛下が動き始めているって、世界が動き始めるってことだと思うわ」
その詳細を知らなくても、慌ただしい政王機警隊の動きを知っている。
「補佐隊か…。一応、警護班に割り振られたけど、興味深いよね。ケイマストラ国での取り組みとか。ここにも、駐在大使が居るんだもの、何か、始まっていそうじゃない?」
「それもそうだ。ペイドルトに聞いておけばよかった」
「そんな時間、なかったでしょ。あ、でも、学問所、その小学校とか、ちょっと見に行きたいよね。今日は…、殿下方の様子を見て。学問所って、少し遠いわよね」
「まあね、位置としては、ちょっと距離が。皆さんが見学に行くなら、事前訪問も悪くないけど、ミルフロト国のほかの領に行くのだろうし」
「今日のところは…ベッツの全体の様子を見るのが、一番だと思うわ。おかしな動きが無いか」
そんなことがあれば、誰よりもペイドルトから話があるはずだが、なかったところを見ると、異国の者の探れるほどの動きは無いのだろう。
それでも、自分たちの目で確認するのが、警護する者の務めだ。
「えっと、町の東側は、主要入国門だよね、一番広いやつ。異国の商人が多い市がある…そこも行くよね、見比べた方がいいし」
「行くにしても、帰りでもいいかもよ?ケイマストラ国の騎士たちも、異国での警護に慣れてからの方が?いや、それはそれで、まずいのか…」
慣れることは、緊張感の薄弱化に繋がる。
それは、警護を行う者として、致命的な失態を招きかねない、恐れるべきことだ。
「まあ、ねえ…。そだ、どっちも、行かないとは言えないんじゃないか?明日、別の組に、そっち行ってもらえば。興味持ったとこ、行っていいと思うんだよ」
ここまでの旅でもそうだが、政王機警隊の者たちの行動を見るに、自分たちの意識の向くところを、重要とは言わないまでも、大切にして、少なくとも、無かったことには、していない。
「ん。それもそうね。じゃあ、3人に声掛けしましょう」
頷き合って、前を見る。
政王機警隊補佐隊の活動は、まだ、始まったばかりなのだ。
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