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―旅の景色Ⅳ 5日目、視察、学問所―
クラール共和国の主要機能のひとつ、学問所は、教育よりも学究に意識が偏っているので、教育機関としては、残念ながら優れているとは言えない。
ただ、教育というものを、学問として追求する者は居て、そうした、ひとつの学究への求めが、この国の教育機関を、一定の機能のある組織に引き上げていた。
アルシュファイド王国は、学究ということなら、人材は多くないのだろうけれど、王国全土に一定の知識を浸透させる、教育ということなら、努力の成果を誇れると思う。
「うーん。それでも、与えてくれるだけ、世界を見れば、秀でた国政を執り行っている…と言うのか…」
アルシュファイド王国も、学習は、独学に近いのだ。
皆、知りたいと思うのなら、どんなことでも知っていける、そこに、クラール共和国との違いは無い、けれども。
例えば、教わる以上の言葉を知りたいと思ったとき、アルシュファイド王国では、図書室や図書館の存在から、1人1人が、なぜ、どんな言葉を知りたいかを確認して、その答えを導き、各々の生活に即した学習のための施設利用の仕方、時には、本ではなく、実在の物事を見聞きさせ、教えるのに対して、クラール共和国では、どこそこに図書室、図書館があるから、そこで辞書を閲覧すればよいと、教える。
必要な情報を教えてくれるのだから、親切ではあるのだ。
でも、ただただ、情報を蓄積するだけで、活かし方が判るだろうか。
一口に青と言っても、様々な色があるように、情報の宝庫には収まり切れない事実はあるし。
1人1人、違う能力を持つ、違う環境にある、違う意識を持つ、人なのだから。
求める答えに辿り着ける道筋だって、ひとつではないし。
誰もが、手法を知って、その道筋を、導き出せるとは、限らないのだ。
なんでも充足させればいいというものでもないし、知識の活かし方を教えるのは、親や保護責任者の務めとすることもできる。
足りないものを補うために、生まれるものはある。
そのすべてを否定することはできないから、悪いこと、だとは、言えない…。
でも…。
不充分が過ぎる、とは、言えないだろうか…本当に?
「なんでも自国基準ていうのも、問題ありだけどねえ…」
子供の苦労の多さが見えてしまうから、なんとかしたいと思ってしまう。
紛れもなく独り善がりだけれど。
レノンとウェルナは、風を操って、自分たちの声が授業の妨げにならないように、ついでに、案内の者に不用意に聞かれないように、小さな会話を交わす。
前方の黒板を見る子らは、入室してしばらく経つと、授業に集中できるようになったらしく、教師の示す計算の仕方を、懸命に覚えるようだ。
ここでは、ただの数字しか教えないけれど、アルシュファイド王国の学習場では、物の値段、水の多さ、重さ、深さ、山の高さ、距離の遠さ、時間、速度などまで教えるし、実際に体感できるものは、実践を用いて知らせる。
そこまで教えることを、与え過ぎとは、自分たちは、どうしても思えないのだ。
それこそが独善だとしても、多くの問題を排して、彼らが得られるようにしたい…!
「もしかして、国を出ていたら、ここで教えていたかも…」
「あれ、でも、そういう人、居そうじゃない?」
そこに思い至って、案内の者に尋ねると、ええ、と、首肯する。
「知り合いの子を、手伝いとして雇いたいと言う人が、けっこう、居ますかね。だから、最低限の知識が必要な卒業試験を12歳までに受けるということで、合格値に達すれば、小学校の卒業証明として、記録しますし、証明書も発行します」
「12歳?」
「はい。大体、小学校の受け入れは、満12歳で終了です。12歳になれば、多くの所で雇ってもらえますからね、あとは、働きながら、独学です」
「なるほど…」
本人の、やる気、というものもある。
でも、そうした人に、出会えなかったら、本当に、独力でなんとかするしかない。
独力でなんとかできる、この国だから、こうなのかもしれない。
個人のできることには、限りがあるし、内政干渉できないのだから、この国の者でもない自分たちに、できることは、今は無い…のか。
今の自分を捨てて、この国の子らのために、尽くすこと。
騎士の行いとしては立派かもしれないが、それが、自分の目指す騎士なのかと言うと、そうではない。
レノンの誓言は、友を助ける騎士になる、だ。
助けたい人が限られるわけじゃない。
助けたい人は、アルシュファイド王国に居る。
国を、民を、それらを守る、同じ立場の、志を同じくする、騎士が、レノンにとっての、友なのだ。
冷たいことを言うようだが、隣人は、解り合いたいと願う友ではないのだ。
ただ、ここで、何もしない自分は、友に顔向けできる者ではない。
考え込むレノンを見て、ウェルナは、自分にできることを考えてみた。
一番に思い付くことは、そう。
押し付けだろうとなんだろうと、上司に報告、ただひとつだ。
「レノン、現状報告。内容をどうすればいい?」
「え?」
「たぶんさ、クラール国民が、こういう知識で生活してるってことは、警護の面で、けっこう、重要なことだと思うんだ。認識の齟齬は、問題が起こりやすい。っていうのを、取り敢えず理由にしといて、どう考えるか、ちょっと聞いてみないか?私は、政王機警隊なら、補佐隊とは違うことをするのか、知りたいな」
「え、それ…」
ウェルナは、にやっと笑って、レノンを見た。
「言ってただろ。機警隊は、政王陛下の目となり耳となり、現場の状況に合わせて、臨機応変に動く部隊なんだって。実際に見ないと、解らないと思わない?」
言う通りだが、要するにウェルナは、政王機警隊って、どれほどのもんなのと、試そうと言うのだ…。
「うっわー、性格悪…」
「むっ!聞き捨てならないね!じゃあ、あんたは、機警隊のなんたるかが判るって言うわけ」
レノンは、ふっと、笑う。
自分でも、意地の悪い笑顔だろうなと思った。
「いぃやあ?これを問題と見るかどうかも、判らないね」
その表情と声色に、ウェルナは、我が意を得たりと、笑顔を返した。
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