留学者一行の旅路Ⅲ クラール共和国滞在記

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       ―旅の景色Ⅴ 5日目、観光、ベッツ城―    今日は、黒の馭者たちを待機要員として宿に置いて、出てきた、ほかの馭者たちは、観光の仕方など知らない孤児の少女たちと共に、ベッツ城まで、借りた馬車で来ていた。 留学者の一団の馬車7台は、それぞれ、色分けしており、客車は、侍従が多く乗る客車が黒、侍女が多く乗る客車が赤、留学者たちの乗る客車が緑と青、護衛用輸送車が黄、長距離用()(じん)輸送車が白、貨物車が色無し、という具合で、馭者の制服と、それぞれの車両に、知っている者なら見てすぐに判別できる複数箇所に、違う色が配してある。 色無しは、色の差し板を抜いている状態なので、()め具としての銀色の枠の中は、車体の素材である木や、制服の、そのままの色だ。 クラール共和国滞在1日目は、ほとんどの者が休日扱いなので、その制服を脱いだ馭者たちは、町となっている城塞の主要な建物のひとつである(やかた)を見上げて、おおおと声を上げていた。 「フランシアの城にも感心したが、ここも見応え、あるなあ…!石の色が全然違う。形も違うし。当然か。どこまで見て回れるんだろう?」 話しながら、城の案内の者のあとに付いて行く。 馬車は、少し離れた停車場に置いてきて、正面の門まで、石畳の歩道を歩いて来ている。 最初に(くぐ)ったのは、建物の一部らしく、匚構(はこがま)えの底部を突き抜けると、左手と正面にも折れ曲がった館の(むね)が見え、前庭らしい短く刈り取られた(みどり)が、建物の無い右手(がわ)の一面に、広く長く奥まで敷かれていた。 正面は馬車回しの石畳が、やはり短く刈り揃えられた(みどり)を囲って、()(えが)いている。 「こちらは、かつて、城主の居館でしたが、それ以前は離れの扱いで、本館は、今、国会議事堂として使っている中央広場前の建物です」 「もしかして、共和国に移行した辺りで、本館に?」 「ええ、そうです。しばらくは、お血筋が住まわれていましたが、現在は、迎賓館として提供していただいております。維持費を賄うために、施設の一部を貸すなど、行っています。観覧は、通常であれば、暁(ぎょう)の日から半の日まで、9時から12時の間、行えます。今回は、事前に()り取りをしていますので、中央の玄関内側の受付で、先ほど渡しました、観覧券を、ご提示ください」 このように、有料で観覧を一般に開放する施設というのは、世界を見回しても、アルシュファイド王国と、クラール共和国とヴァッサリカ公国ぐらいのものだ。 (もっと)も、このような城、または別館は、居住者が()るか、朽ち果てているかのどちらかで、そもそも観光地と数えることが不向きだ。 言われたように、観覧券を提示した一行は、その一部に特徴ある切り込みを入れられて、観覧できる区画へと()を進める。 建物の大きさは、彼らが泊まっている宿の方が大きいぐらいだが、王都フランシアの貴族の館の規模は、あるだろう。 少女たちは、大きな建物に口を開けているが、通り掛かるのが、貴族や使用人ではなく、同じ観光客であることから、不思議な空間に迷い込んだ感覚だ。 (やかた)の出入りの(むね)(くぐ)ってすぐ、正面に見えた(むね)の、2階部分は、そのほとんどが縦長の広間となっており、高い天井には、中央に部屋の長さに合わせた、硝子(がらす)か何か、透明の板の天窓が、そのまま三角屋根の頂点になっているようで、広く空を見ることができる。 外側からは、石壁しか見えなかったので、透明の天窓で(いただき)を組む木製の屋根の周囲には、歩ける程度の幅があって、これを隠すような高さまで、屋上の塀が延びていたのだ。 この広間は、絵画のような壁掛けの美術品などを、会話の切っ掛けとして、歓談を楽しむ社交の空間らしい。 案内の者の説明によれば、地下に美術品の大きな倉庫があり、風景画や人物画、城の外観を捉えた素描(そびょう)、版画と、その原版、敷物など織り物や、編み物といった布、壁や床に使用する板状の陶磁器など、厚みのない美術品を中心に保管されているということだ。 現在は、2週間から3週間で展示品を替えており、学究者に向けては観覧料を格安にしていることから、来訪者の多い建物になっている。 建物内の観覧は、この長い広間と、そこに至る通路のみとなっており、範囲は狭いが、その通路も、造りと配色、各部彫刻と、各所に現れる模様は、充分、見て楽しめるもので、少女たちは溜め息をつき、馭者たちは、感動の声を小さく漏らす。 ゆっくりと館内を見て回った一行は、(やかた)の裏手に案内されて、緑の地面が多い庭に出た。 階段を降りた先には、噴水があり、両脇の(だん)に花が揺れる、すっきりとした印象の、居心地のよい庭が広がって、(あるじ)や客の散策を待っている。 わあっと、声にならない息を()いて、階段を駆け下りた少女たちは、振り返って建物を見て、また、わあっと、かすかな声を漏らす。 大きな屋敷での、小間使いの経験のある子もいるけれど、雇われの身で、こんな風に、(やしき)を見上げた経験など、ないだろう。 少し歩いてごらんと声を掛けると、嬉しそうに駆けていった。 こちら側の庭は、最初に見た、奥に長く広い前庭と違って、その中心に出やすく、(やかた)に戻りやすい規模で、木陰はあるものの、全体を見渡すのに苦労は無い。 少女たちの居場所を気に掛けながら、馭者たちも庭を散策し、(やかた)(たたず)まいに感動の息を()く。 こんな小休止のある仕事も悪くないと笑いながら、次はどこに行こう、茶でも飲もうかと、楽しい休日を過ごすのだった。
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